――― interlude―――


 ランサーの目前に展開されたのは、世界最硬かつ絶対不落の金色の障壁。
 人を仕留めるという点において、文句の付きようが無い威力を秘めた槍が、その壁により完全静止を余儀なくされた。

 壁の干渉領域より前には、一ミリたりとも進めない。 必然、行き場を失ったエネルギーは、槍の持ち主に弾き返された。

 「ぬ、ぐ、お…おおおおおおおおっ!」

 みし、とランサーの槍が、腕が、悲鳴を上げる。
 しかしそれでも尚、彼は槍を放さない。 放そうとはしない。 それどことか、無理という名の現実を己が腕力で押さえつけ、可能へと変化させようとする。

 槍を放す事など出来ない。 どれだけそれが堅固であったとしても、敵の防御により槍を落としたとなれば、槍の持ち手たる資格など無い。 数多の戦場を共にした槍を裏切る。 それだけは、彼には出来なかった。

 奥歯がバキリと割れ、血が噴き出した。 槍を取り落とさないですむなら、それでも構わなかった。
手が滑らぬよう、槍を握る力を一際強める。そして慣性に身を任せ、金色の壁に着地してみせた。

 赤い服を着た少女を一撃で屠る為に、自身に与えた運動エネルギーは足のクッションで殺し切り、また跳ね返った槍のエネルギーも上手い具合にそ れに統合し、一拍の間を得た。


 それまで自分の槍の一撃を返そうとしていた金色の壁。 これはどうやらこの部屋を覆うように展開されているらしい―――瞬時にそれを見切ったランサーはその壁を蹴り、屋根まで飛び上がった。

 

 浮遊―――そして再度、落下。 尤も落下時間は極限抑えるように飛び上がったようで、ランサーは跳躍のほぼ最高点で屋根にやんわりとした着地を果たした。


 さあて次はどう攻めるべきか、などと考える時間は、しかしながらランサーには与えられない。

 

 「ちっ…まだ大きくなるのか」


 壁の膨張がまるで止まらない。

 しかもどういうことか、一切この建物に被害を与えずに膨らんでいた。
 ぱっと見では薄くなったように見え、先程までの防御力を失っていそうな壁だが、それでも尚自分が攻撃を仕掛けたら、また跳ね返そうとするであろう。


 小難しい考えではなく、戦士の勘が彼の体に後退を命じた。 ランサーは迷う事無くそれを成し遂げ、戦場となっていた遠坂家から離脱する。

 その直後に、丁度遠坂家の領土全体を覆う大きさに、爆発的な勢いで成長した赤い壁を見て、ランサーは自分の勘の正しさを知った。


 付け加えるなら、ランサーの攻撃から此処までの一連の流れ――それがホンの十秒程の時間での出来事であるということだ。 それはとりもなおさず、サーヴァント中でも速さに秀でた英雄が選ばれるというランサーの俊敏さを物語る物であった。

 尤も、幾ら最速と言われようとも、今の彼にとっては褒め言葉には成り得ない。 どれだけ速くとも、敵を倒せないどころか、攻撃が届かないのだ。 ラン サーの悔しさは推して知るべしといった所だ。

 しかし彼は落胆などしていない。 寧ろ、周囲を圧倒する程の闘気を撒き散らし、口の端をぐいと吊り上げていた。


 「――ハッ! 道理でな…あの小僧め、強そうじゃねえと思ったら、キャスターかっ!」


 彼の目は、形容するならば猛禽類のそれ。 キリキリと力の入った眼差しは、気の弱いものを昇天させかねない。

 尤もどれ程闘争心を燃え上がらせようとも、目の前にある壁を突破しない限り反撃は不可能。
 故に燃え滾る戦闘欲を全理性を持って抑しつつ、ランサーは遠坂家の周りを駆けた。

 その意図はこうである。

 なるほど、この家を覆うように展開されてる壁は、まさに鉄壁だろう。 しかし一見した所、その壁には幾らかの"ムラ"とでも言えばいいのか、そういった 物が見て取れるように思える。 シャボン玉が、その膜の厚薄で色を変化させるように、被護対象の見え方が部分部分で微妙に異なるのである。

 恐らくは、これはただの勘なのだが、奥がはっきり見える所ほど、薄いに違いない。
 ならば、厚さ如何では己が攻撃を持って、突破出来得る部分もあるのではないのか?

 そういう思いの元、ランサーは疾駆した。


 しなやかな、最速の肉食獣のような体を存分に使い、それでいながら壁の穴を絶対に見逃さぬと目を凝らしながら、滑るように走る。


 (しかし…な。 本当にこれは魔術なのか? どうにも、全く魔力を感じねえ気が……まあ、いいか。 楽しめるんなら、どうでもよ!)


 ふと心に浮かんだ疑問を、雑念であると押さえつけ、彼は走り続ける。 庭を駆け、木々の隙間を縫い、塀の上を僅かな逡巡すらなく走り――そして間もな く、アスファルトの地を一際高く蹴る音が響き、彼の動きが止まった。 それは取りも直さず、彼の思惑を試すのに相応しい、最も色の薄い部分が見つかったこ とを示す物であった。

 

 「此処なら、いけるな」


 全身のバネを全開にし、最速且つ最高の突きを。


 周囲にもランサーのプレッシャーは広がり、虫の声はとうに一つとして聞こえない。
 ランサーの姿はまるで、矢だ。 それも極限まで引き絞られた、強弓の弦に番えられた矢。


 この緊張を僅かにでも乱す物があれば、例えるなら、よく時代劇等で風に流されている藁の塊でもいい。 アレが転がってでも来たら、すぐさま矢は弦を放れ る。

 


 ――――少なくとも。 そうなる、はずであった。

 


 何故かランサーからは、攻撃寸前のプレッシャーが掻き消え、次いで彼は構えを解いていた。 そしてその顔は、先程までの壮絶な笑みが浮かんでいるのでは なく、憎悪からくる怒りに歪んでいた。


 「クソがっ…! ここまでやったのに帰って来い、だと――ッ!!」


 彼の体も、意思も、此処に留まり、戦闘続行を望んでいる。
 しかし、英霊となった彼が欲する、唯一無二たるその願いは、体を蝕む呪いによって阻まれた。


 「えいっ! この勝負預けたぜ、ガキ!」


 最後は、まるでやられ役の敵キャラの如き捨て台詞残し、それを最後にランサーは遠坂低を後にした。 彼が、どれだけの理性を振り絞って自らを律している かは分からない。 しかし、それが一言や二言で説明できるような安いものでないのも確か。
 つまり、最後の最後までランサーは強かった。 その姿が弱いなどというものは、それこそ弱いのであろう。 どこが、とは言わないが。

 

 


 その夜、猛獣の咆哮のような怒号に、あらゆる動物達が震えて怯え、許しを請うような泣き声を上げた。

 

 

 ―――interlude out―――

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