何が何だか分からなかった。


 僕が何故ここにいるのかも、

 僕が誰なのかも。


 説明はさっきしてもらった。 でも、信じられる訳がない。


 魔術。 召喚。 聖杯戦争。


 どれもこれも僕に関係があるような物には思えない。 いや、普通の人ならば殆どがそうだろう。 なのに、それでもこうして呼ばれたのだから、僕はサーヴァントとか言う物である、と目の前にいる遠坂さんは言う。

 

 

 ……いや、信じられないというのは嘘だ。 僕の心のどこかがそう叫ぶ。
 何故かは知らない。 知らないけれど、そう思ってしまうのだ。

 

 そう。 まるで僕が以前、同じような事態に巻き込まれたことがあるように。

 

 


 ぼんやりと浮かぶ、不明瞭なイメージ。
 なまじ声を出してしまったばかりに、遠坂さんとの言い争いになってしまった。


 第一印象は……まあ置いておくとして。 それなりに大人に見えた遠坂さんだったけど、僕に文句を言うその態度は、ちょっと子供っぽかった。 でもなんだろう、こうやって言い争いをするのって懐かしい感じがする。


 僕は記憶を失う前、こんな風に誰かと口喧嘩してたんだろうか。 だとしたらきっと、僕の前にたってたのは遠坂さんみたいな人なんだろう、そう訳も無く確信する。

 

 「――え――あ、れ――――?」

 

 心の片隅で取りとめもない事を考えて暫くたったその時。

 頭がぐらりと揺れ、抵抗する間もなく体が地面に崩れた。

 

 

 イタイ。


 痛い。痛い。痛い。イタイ。痛イ。痛い。痛い。痛い。イタイ。痛イ。痛い。痛い。痛い。イタイ。痛イ。痛い。痛い。痛い。イタイ。痛イ。痛 い。痛い。痛い。イタイ。痛イ。痛い!イタイ!痛い!痛イ!痛い!!痛い!イタイ!痛い!痛イ!痛い!!痛い!イタイ!痛い!痛イ!痛い!!痛い!イタ イ!痛い!痛イ!痛い!!痛い!イタイ!痛い!痛イ!痛い!!痛い!イタイ!イタイ!イタイッ!!


 な、何だよこれっ!
 何でこんなに……っう!?


 例えば今、腕がもげ落ちたとしても、ここまで痛くはならない。 そう確信出来る位の痛みが脳髄を揺らす。 なのに、外傷はない。

 酷い欺瞞だ。 何ともないのに痛いなんて、余りにも酷すぎる。

 

此処に至り、漸く遠坂さんの存在を思い出した。

 

 助けて。

 助けて。

 助けて下さい。


 もう、いい、誰でも、いいから……

 

 

 

 かち

 

 


 ――僕には痛みのスイッチがあるのか。 余りに急な収まり方で、そんな馬鹿な事を思ってしまう。

 

 だが、遠坂さんが何かしてくれた様子はない。

 無論、僕が出来た事なんてあるはずもない。


 痛みの特効薬となったのは、ボディーラインが露になるほど、肌に密着させている青い服を着た男性の姿。
 

 見覚えは、なかった。 しかし、あった。

 

 あのような服だけは。

 以前に何処かで。

 目にしていた。

 は、ず、だ。

 

 ザ、ザザザ・・・

 

 視界にノイズが走る。
 現実を遮るノイズの途切れから、幻視が覗く。

 


 青。  青い、服。

 

 あれに。 あれと似た物を、見た事がある――――

 

ジ、ジ、ジ…と砂嵐にも似たノイズが、走る。

 

 「あなた、誰」

 

 ノイズ。

 

 「あなたは死なないわ…私が、守るもの」


 「ごめんなさい。こんなとき、どんな顔をしたらいいか分からないの」


 ノイズ。


 「ATフィールド全開―――!」


 「碇君」


 ノイズ。


 「私と一つにならない?」

 「心も、体も。一つにならない?」


 酷い、ノイズ。

 「それはとてもとても気持ちのいいことなのよ――」

 

 そして、最大級のノイズが、頭をかき乱し。

 


 ――あなたは、何を望むの?

 

 


  強制切断 ( アラート )

 

 

 「あぐっ!?」

 

 強制切断。 それ以外に例えようのない、現実への引き戻され方だった。


 強い後悔の念が生まれる。 少しでも記憶が戻りそうだった。 いや、今のは戻ってきていただろう。

 それなのにどうしてあの幻視から戻ってくると同時に、水に流れる砂のように記憶がぽろぽろと零れていくのか。


 僕は思い出したくないのか? それとも、思い出してはいけないことなのか? 一体僕の過去には何があるんだっ!?

 

 そうだ、またあの人を見たら何か思い出せるかも……

 思いつくや否や、顔を上げて先ほどの青い男に目を目を転ずる。

 


 高く、天を仰ぐように見る必要はなかった。 何故ならば、青い男は稲妻か流星に生まれ変わり、降下中であったのだから――――


 降下先として予想される地点にいるのは、さっきまで僕と話していた遠坂さん。

 


 死ぬ。


 

 これは予想でも何でもなかった。 ただの間違えようのない確信。

 

 だから手を伸ばした。 僕なんかが手を伸ばした所で、何も変わる訳がない。

 だけど嫌だった。


 (そうだよ。 例え今さっき知り合った人だとはいっても…それでももう知り合いが傷付くのは嫌だ!!)

 


 ――もう? 前にもそんなことが?

 

 刹那、再度アレが襲ってきた。

 


 ノイズノイズノイズ。


 負けてらんないのよぉ! あんた達にぃ!!


 ハッ!!


 !? ――ロンギヌスの槍ッ!?

 

 

 イ、ヤアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!

 

 


  強制切断 ( アラート )

 

 

 「う、ぐ…ぁぁああああああ!!」


 唐突に、体の外から中へ、物凄いエネルギーが流れ込んだ。

 

 使うしかない。これを使わなければ、遠坂さんは助けられない。だからそれを、自分の馴染みの形にして放出する。

 

 不可能感は感じない。

 出来る。

 理由は知らずともそうとしか思えなかった。

 

 手を伸ばし、我武者羅に、最速に、イメージッ!

 

ATフィールド絶対恐怖場!」


 

――そして、望んだ通りに拒絶の壁が顕在した。

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