Monsters
今巧人
【第二話心の闇】
「こいつらずいぶん弱かったな。」
第七部隊を襲った者の一人が呟いた。手にはスタンガンで強化した銃を持ち、明らかに水能力者対策、という状況だ。
「自分の力におごるからさ。たかだか水が操れるだけで…。」
返答した男は、湖を見て絶句した。
「つ…津波だと!!?ここは湖だぞ!?」
慌てて車へと走る。途中仲間が一人転んでいたがそれにかまっている状況では無かった。
轟々と音を立て、津波が彼らに襲い掛かる。桁外れの水流に多くの者が流され、おそらくは死んだ。逃げ惑う敵を、沙雪は冷ややかに見ていた。
「クソッ!!一体どうなってんだ!!」
苛ただしげに言う男の前に、沙雪は現れる。武器も無い、無防備な状態で。
「…答えなさい。お前らは、緑の鷹なの?」
「けっ…気に入らねぇな。何様だお前。」
男は沙雪に近寄った。後ろ手に銃を持ち、嘲笑う表情を浮かべる。
「死にな!!」
獲物を持っていた右腕を、沙雪に向けた。ここで彼は、絶対的な勝利を信じていた。
「…腕、痛くないの?」
「何…?ッア゛ア゛ア゛ァァァァ!!!!」
沙雪に言われ、男は自分の右腕を見て絶叫した。肘から先が鋭利な刃物で斬られたのが如く、消えていた。凶器は既に、彼の腕と共にあった。水として。
「こっの…化物がぁ!!」
残った左腕でサバイバルナイフを取り、彼女に向かって走る。
パン、と男の頭に何かが当たり、男は倒れた。「はや~?ちょっと強すぎたかな~。」
犯人はマシュマロの袋を手に持ち、のほほんと言った。
「水凪?」
「あや?邪魔したかね?」
肯定も出来ず、沙雪は下を向いた。すると凶器のマシュマロが目に入り、彼女は思わず呟やく。何故にマシュマロ?と。
「…ちょっといいか?」
「何、龍?」
「俺が、ジープを、わざわざ、風で、浮かした、意味は?」
「何で区切るの?」
額に青筋を立てながら、龍は沙雪に問い詰める。
「心当たりあるだろう?」
「やや!!白髪治ったね。」
何故か水凪の口調を真似して、沙雪は龍に言う。
「白髪じゃない!!能力使ったときだけ色が変わるだけって前も言ったろうが!!」
「…沙雪。」
一向に進展しない会話を、トライティスが止めた。
「…ごめんなさい。」
急にしゅんとして沙雪は俯いた。
「いいわ。土地が…悪かったわね。」
「土地ぃ?」
龍が訝しげに言った。
「龍はいいの。知らなくて。」
「援軍…来ました。」
龍の抗議の声を、佐凪は消した。既に援軍は敵の収容に入っており、彼女らの出る幕ではなかった。
『おい見ろよ…すげぇな。あれが蒼の悪魔か。』
『危険度SSは伊達じゃないな。』
ぼそぼそと味方が呟いていた。言われているのは、沙雪のことだった。龍が困惑気味に沙雪を見る。「…帰ろうか。」
先ほどの冷たい表情は消えた状態で、沙雪が皆を促す。
「おや~?あんなとこに蚊が。」
そう言って、水凪がマシュマロを二つ投げた。
「のぁ!!」
「ぎゃっ!」マシュマロはみごとに影口を囁いていた男たちに命中している。
「良し。」
ちゃっかりガッツポーズまで決める有様だ。
「…水凪。」
佐凪は見咎めるように水凪を見ていたが、ふっと微笑むと言った。
「……良くやった。」
帰る途中に、沙雪は湖を見つめていた。そして何かを恐れるように目を背る。
「…沙弥…」
その声を、ジープに乗っていた全員が聞かないようにしていた。
二年前、同じように沙雪は湖の近くで敵と戦っていた。ちょうど軍に入って一年が経とうとするときだった。
彼女には双子の姉、沙弥がいた。一卵性なので、父親でさえ見分けることが困難というおまけつきで。「沙雪、疲れたの?」
心配そうに沙弥が沙雪を見る。沙雪と同じショートボブの黒髪がさらさらと揺れた。
「大丈夫だよ。」
沙雪はすぐに返答を返した。彼女自身、体の変調は気になっていたが姉を煩わせまいと笑ってやり過ごす。
「そう?でも、どうしても調子悪いなら衛生車に行くのよ?」
そういうと沙弥は彼女から離れ、隊員に指示を出していた。二人は第六部隊に所属していて、沙弥はその隊長だった。沙雪は能力は秀でていなかったため、常に衛生班として部隊にいる。
「うぅ…さっき飲んだコーヒーがいけなかったかな?」
やけに足元がふらつく、とぼやいた時戦況が変わった。
後ろに敵が現れたのだ。「今後ろをつかれたままではいけない。全軍、引きなさい!!」
沙弥が指示を飛ばす。
「…!!」
自分も動こう、と沙雪が立ち上がると急激な立ちくらみが彼女を襲った。
『貧血!?でも…なんで…』
全身が彼女の意思に反し、その場に倒れる。指一本、動かない。
沙雪の異常に気付き、沙弥が駆け寄る。必死に起き上がってと促すが、沙雪は答えることすら出来なかった。「沙雪!!…ッ?」
沙弥が不意に表情を曇らせた。明らかに苦痛の色を帯びたその表情に沙雪は辺りを見回す。
剣を持った、緑色の鷹を描いた腕章が目に入る。『敵!!まさ・か…さ・・や!!』
「沙雪、死なせない…から。」ざわざわと辺りに鳥の声が響く。獣の雄叫びもどこからか聞こえた。
「手伝って!!」
血を吐きながら、沙弥が叫ぶ。その瞬間、あらゆるところから動物の声がした。彼女の能力、動物を従える力のせいだ。
男はそれを気にせず剣を振るう。
一瞬にして眼下が血に染まる。
動物の声がピタリと止まり、辺りに静けさが支配した。「…なんだ?気色悪い。」
そういいながら、男は沙雪を見るとビクリと体を強張らせた。
「双子か…?ターゲットは間違えてないよな…?」
「ない…」
「…ん?」
『許さない!!』沙雪の周りから、水が出現する。何も無いところから、それを彼女は構築した。
「何ッ!水能力者かっ!!」
男はうろたえ、剣を沙雪に向けた。しかし剣はぼろりと崩れ、水になる。
「…馬鹿な!!水を操るだけの能力者が…!!」
『殺してやる!!』
「サユキ!!」急にサユキを呼んだのは、同じ軍の少女トライティスだった。彼女が見ている前で、男は水と化した。
「サユキ…?大丈夫?」
男については何も言わず、トライティスは沙雪を抱き上げた。その時既に、沙雪の髪は黒から青に変わっていた。
「サヤ…はもう…」
トライティスが沙弥から目を背ける。おびただしい出血と、剣による怪我が死因となっていた。
「…や…」
絶叫が辺りに響く。湖すらも、波を立てていた。
葬儀は、手早く行われた。彼女らの父、元宮昇は沙雪を見るとため息を付いて言う。
「いいか、お前が残っただけでも十分だ。お前だって怪我しているだろう。少し休め。」
軍医である彼は彼女の髪を見て更に呟いた。
「体が変質するほど怒りに飲まれたのか。辛かったろうな。」
三日三晩泣き涙も枯れた。
嘲笑うかのような今更の能力の高まりが憎かった。
今更
力など
何の意味がある!!
軍務に復帰しすぐに、沙雪は新しい部隊を作った。第六部隊を継いで第九部隊、DEVILを。
彼女を突き動かしたのは、緑の鷹への復讐心。
そして残ったのは、彼らと変わらない、殺人者の『蒼い悪魔』。幾度と無く、彼らの血を浴び、それでも留まる事の無い憎悪に身を焦がして。
化物と呼ばれ、それでも、足元を赤く染めてきた。
しかしいつだって、解っていた。いくら殺しても、沙弥は戻らないと。
能力を持ったのが悪かったのか。
それとも、生まれたのが間違いだったか。そう、まさしくmonsterだ。
【後書き】
水凪「はや~水凪大活躍ですよ~。」
龍「ちびっこのくせに。」
水凪「むっ、なんですか~。出番取られただけで見苦しいですよ!」
トライティス「ジープ持ち上げただけだし…。」
龍「なんだよ、トライティスの方が何もして無いじゃん!!」
佐凪「でも龍よりいっぱい出てるわよ?」
龍「がー!!佐凪さんまで!!」
沙雪「何してるの?」
水凪「いやですね、この不肖水凪の活躍をですね…。」
龍「しつけーぞ、ちびっこ。」
水凪「も~怒りましたよ!!必殺!!…あれっ、ないなぁ…」
ゴソゴソ…
佐凪「はい、マシュマロ。」
水凪「あ、ども。今度こそ!!必殺マシュマロ乱れ撃ち~」
ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン
龍「ちょっと…まっ…!!いて!!これ本当にマシュマロか!?」
水凪「何なら口に~?」
龍「ギャー!!止めんかい!!」
トライティス「後書きしてないね、今巧人。」
ぎくっ…。
沙雪「ではこの辺で。また次回お目にかかりましょう。」
アヤメ:…monster、か…
ジン:そういや僕達も―――そう呼ばれたことあったっけ。
アヤメ:NO. "あった"じゃないわ。 "呼ばれている"のよ、現在進行形でね。
ジン:暗くなるし、やめよーよ?
アヤメ:はいはい。 分かってるわよ。 でも、まあれよね? 一番化物じみてるのって、あんたの回復力よね?
ジン:んがっ!? ひ、ひどいよっ! アヤメ!!
アヤメ:だーって、腕取られても生えてくるって、あんたはトカゲですかってーの。
ジン:うわあああぁぁぁぁん! 僕は要らない子供なんだああああぁぁぁぁぁ…!!(ダッシュ)
アヤメ:あや…言い過ぎたかしら?