コツ、コツ、コツ、コツ、コツ・・・

硬い底の靴で踏みしめられるたび、石で作られた床が音を立てる。

その足音の主は紳士然とした男――――――スレイヤー。

やがて、唐突に、その歩みと音が止められた。

ヒュッ、ヒュッ、ヒュ、ヒュ、ヒュッ!!

何かが風を着る音・・・それに続き、

カッ、カッ、カカカ!!

おそらくはその何かが壁につきたった音が、中々に広い廊下に響いた。

それに全く驚かず、眉一つ動かすことなく、スレイヤーは呟いた。

「ふむ・・・結界かね。成る程、新型だな、C君よ」

先ほどまではスレイヤー以外に誰もいなかったはずの廊下に、何時の間にかか神父服姿の女性――――――通称Cが佇んでいた。

その目には確固たる闘争の意思が蠢く。

「・・・最後の月見は終わりましたか?・・・今宵、あなたという存在は、この世から消えます――――――覚悟!!」

Cに振り向きつつ、殺すと宣言されたのにも関らず、スレイヤーは柔らかな笑みを浮かべていた。

「・・・消える、とな?私がか・・・?ふむ・・・若いとはいいものだな・・・まあ、頑張りたまえ」

激昂

「舐めないで・・・下さい!!」

Cの手が霞む・・・同時に無武装だった手から黒鍵が放たれ、スレイヤーに迫る。

実にその間一秒の数十分の一にも見たない時間。

普通の人間なら、回避する事はおろか、見ることすら出来ないかもしれない。

・・・だが、相手は吸血鬼。付け加えるなら、数千の時を生きた大化物・・・

「なっ!?」

Cは、大抵の事では驚かないという自負があったが、それでも驚いた。

なぜならばスレイヤーは数十の黒鍵をかわしきったからだ。

尤もそれだけならば、別に驚くには値しなかったであろう。しかし、彼の避け方は、異様であった、吸血鬼の中に於いても・・・

"瞬間移動"

その言葉が最もしっくり来る避け方であった。

スレイヤーは、自分に向かってくる、恐るべき武器に、何の気負いもなく身体を前に出し・・・そして・・・・・・消えた。

すぐさま現れたが、そこは既に黒鍵が通り過ぎた空間。目標物を失った黒鍵はそれでも止まらず、その勢いのまま、スレイヤーの後ろにあった壁に突き刺さり炎を上げた。

「・・・一筋縄ではいきませんか・・・流石に幾霜月を重ねた真祖だけあります。使徒などとはレヴェルが違う」

「それは当然だな。あのような紛い物などと一緒にされては困る。さて、まずは黒鍵の能力を見せて貰った。中々のスピードと攻撃力、そしてあの炎の魔力・・・まあ、普通の死徒、或いは使徒ならば・・・八体はあれで終わりだな」

そしてスレイヤーは、また何処からともなく取り出した煙管に火をつけ、煙を吸い込んだ。

吐く。

「・・・どうしたのかね?これ以上の隙など、殆どないと思うがね?」

「・・・本当に・・・私を・・・怒らせましたね・・・」

チャリ・・・

先ほどの二倍ほどの黒鍵が、Cの腕に生み出される。 スレイヤーはまた身動ぎもしない。

「はあっ!!」

威勢良く投げた先は・・・まるでスレイヤーの居る所とは見当違いな、無機質の壁。

(・・・なにをやっているのかね・・・)

そんな感情がスレイヤーの心の中に生まれるのも束の間、先ほどは壁に突き刺さった黒鍵は、如何なる技を使ったのか、速度をそのままに保ち、更に跳ねた。

幾つかは壁から床に―――また幾つかは、壁から天上へ―――そしてその最終地点には、スレイヤーがいた。

「ほぅ・・・」

その意図にスレイヤーが気づいたときには、既に視界のあらゆる方向から黒鍵が迫っていた。

しかも方向もバラバラなら、向かってくる時間にも差がある。また例の避け方をしようとも、出現した瞬間に串刺しにされるだろう。

(成る程・・・上手いな)

頭ではCの手練を誉めつつも、スレイヤーの身体は行動を起こしていた。

まるで腰を折るように身を縮めながら、黒鍵の速度にも劣らぬ速さで、驚異的なバックステップ。

そして何を思ったかまた前に飛び出す。

「なにを・・・!!」

スレイヤーのした事は、またもや常識を外れていた。

「アンダープレッシャー」

バックステップをしたのは単なる助走の為か、それよりも早く、彼は前進し、強烈なアッパーを放つ・・・そして、幾つかの黒鍵はそのアッパーで弾かれ、天井に当たり、跳ね返り、別の黒鍵を止める。

それでも黒鍵はまだ残っていた。

彼はそれも計算の内だったか、全く驚いた様子など微塵もなく、今度は逆に叩きつけるように拳を放った。

「イッツレイト」

また黒鍵は幾つか弾かれ、今度は床で跳ね返り、そして後はさっきと同じ事が起こり、黒鍵は全て地に落ちた。

 

すうぅぅ・・・ふううぅぅ・・・

 

「・・・どうか、したかね?」

あくまで煙管で煙を思い切り吸いつつ、スレイヤーは何事もなかったかのような顔でCに話し掛ける。

落ち着きすぎている、そんな彼の様子を見て、Cは今自分は何もしなかったのか?という疑念に襲われた・・・・・・否、今の出来事は現実だったということは、地面に落ちた自分の武器・・・黒鍵が語っている。

「・・・つくづく常識はずれな・・・」

「なんの、気味こそ中々やるではないか。私もここまでやるとは思わなかったよ・・・」

スレイヤーは、彼はここで漸く煙管を戻した・・・・・・尤も、元から手品のように出したものであるので、なくなり方も同じく、消えた。

「所で、君には聞いていなかったことがあるのだがね・・・質問しても、良いかね?」

「・・・どうぞ」

どうせ今の状態では、どんなに力を出し尽くそうと、勝てる気がしない。時間稼ぎかもしれないが、じりじりと神経を削られて負けるよりはマシだろう。 それにもしかしたら、隙が見つけられるかもしれない。

そんな葛藤が瞬時にCの中でおこり、その結果の言葉であった。

「ふむ・・・正直な話、何故今頃になって私を始末し様としているのか、それが全く見当もつかんでな」

「なにを今更・・・」

「私はだね、ここ千年ほど人の血など久しく吸っておらんのだよ。最早血の臭いもするまい」

そこでCが嘲るように笑った。

「馬鹿を言わないで下さい。血を吸っていない?何を・・・・・・あなたは、ここら一体の町をいくつも廃墟としたのでしょう!!??そんな危険人物をほおってはおけません!!それが教会の決定です!!」

Cがそう断言すると、スレイヤーはやや眉を顰めた。

「・・・君は、今の私の話を聞いてなかったのかね?まあ良い・・・それよりも本当かね?ここらの街が廃墟になったとは・・・やけに静かだと思えば、そのような事が起こっていたのか・・・」

感慨深くスレイヤーは言うと、虚空を見上げ・・・あろう事か十字を切った。

「ッ・・・!!ふざけるな!!」

今度は黒鍵を投げない。Cは黒鍵を指の間に挟んだまま、十字を切った体勢のまま止まっているスレイヤーに突進し、その人間離れした腕力と膂力による、豪快且つ精密な攻撃を繰り出した。

「これで・・・終わりです!!」

「・・・くだらんよ」

パ、パン!

「・・・はっ?」

Cには何がおこったか分からなかった。そしてそのとき、彼女に最大の隙が生まれた。

「そこだよ・・・マッパハンチ!」

およそ人知を凌駕した早さが、エネルギーが、Cの身体に叩きこまれた。

ベキョ・・・グシャッ・・・

言葉では言い尽くしがたい衝撃が、スレイヤーの腕にも伝わる。彼は急いで踏みとどまるも、Cの身体は慣性のままに吹き飛び、壁に半分ほど体を埋めて、漸く止まった。

・・・動きは・・・ない。

「・・・いかん・・・やりすぎたか・・・久しぶりすぎて、私とした事が些か手加減を忘れていたようだ・・・」

スレイヤーの言葉にも全くCは動かない。呼吸の動きすらない。

「・・・当然か・・・丁度心臓を貫く位置であったからな・・・」

呟き、手を見ると、元は白かった手袋が、赤黒い血で染まっていた。

しばらく彼はたち尽くしていたが、ややあって、後で手厚く葬ろうと決め、その場を立ち去ろうと背を向けた・・・・・・そして、そこで気がついた。

「・・・?・・・何故、この結界は消えておらぬのだ?」

「・・・それは私が生きているからですよ」

「!?何と!!」

ここまで彼が驚いたのは、生まれて初めてかもしれない・・・そこにはCが立っていた。

「・・・生きて、いたのか・・・?」

「さあ?死んだかもしれませんね」

おどけるように振舞う態度の中に、スレイヤーはCが少し悲しげな表情になるのをみた。

「・・・死んでも蘇る・・・か・・・まるで以前会った"フェイルセイフ(安全装置)"のようだな・・・彼とは全く違っているようだがね、君の場合は」

スレイヤーが以前会ったと言うフェイルセイフとは、人工的に生み出された合成人間のコードネーム。

彼の能力は人の死を奪い、自分の身代わりとするという正に彼にとってのフェイルセイフ。

そして、彼に死を奪われた物は、死なず、植物人間のように生き続けるのだ。

だが、スレイヤーが思い浮かべたその能力と、Cのそれはまるで違っていた。

スレイヤーがその事を確信したのは、ふと自分の手をもう一度見たときであった。

「・・・ふむ、血痕が消えておるな・・・成る程、死ぬ前まで時を巻戻すのか・・・吸血鬼も顔負けの能力だな」

「・・・捨てられるのなら捨ててやりますよ、こんな能力・・・私は、こんな力いらなかったのに・・・!!」

叫ぶようなCの訴えを、スレイヤーは静かに受け止めた。

「・・・そうであろうな。助けてはやりたいが・・・如何せん私には世界に抗うほどの力はない・・・頑張って探したまえ」

「・・・・・・・・・・驚きましたね。吸血生物にそこまでの心があったとは」

「それなりにね。人の世界にいた事もあったのでね・・・知っておるかね?"組織"と呼ばれる世界を裏から操る力を持つあれを。あれは私が創始者なのだよ」

そこでCの顔に動揺の色が浮かんだ。まさか、信じられない!そんな気持ちがにじみ出ているようだ。

「・・・あれをあなたが?」

「いかにも。尤も、私が離れてから、その性質はすっかり変わってしまい・・・今ではただの犯罪組織だがね」

そう言って、スレイヤーも沈んだ表情を見せた。

暗い話をしている中で、更に暗い話をしたのだから・・・当然と言えば、当然だ。

 

時が経つのも幾許か、漸くスレイヤーが表情を切り替え、顔を上げた。

刹那、Cにも緊張が走る。

段々と・・・緊張が高まり、それが極限に達したそのとき!

スレイヤーが口を開いた。

「・・・食事にするかね?」

「・・・・・・はあ!?」

昨日と同じパターンを繰り返して仕舞った事をCは気づかない。

「なに、今度はちゃんとしたカレーをご馳走しよう」

「・・・な、そ、そんな事に驚いているのではありません!!何でこんな時にそんな話をするのか、それを驚いているのです!!」

「・・・そうは言ってもだな。既に夕刻になっておるのだ。私はそれほどでもないが・・・君の方が空腹を感じ始める頃であろう?」

「な、なにを・・・ッ!」

グ・・・

「わあああああ!!」

ビュン!ドガッ!!ゴオオオオ!!

反論しようと口を開いたとほぼ同時に、おなかの虫が騒ごうとしたので、Cは慌てて黒鍵を近くの地面に投げつけ、破壊音でそれを掻き消した。

「ハアッ!ハアッ!ハアッ!ハアッ!ハアッ!」

「・・・そんなに人の城を破壊しなくても、何も聞かなかったことにするのだがね」

「何も鳴ってません!!お腹がなったなんて気の所為です!!」

墓穴を掘っていることにも気づかないC。よほど焦っているのだろう。まあ、この状態では誰がどう見ても、Cのお腹が鳴った事は一目瞭然だが。

「・・・そうさな。そういう事にしておこう。では、結界を解きたまえ。ディナータイムだ」

「・・・・・・」

「どうかしたかね?腹が減っては戦はできんと言う諺もあるのだよ?」

「!・・・分かりました」

何か意味の分からない言葉をぶつぶつとCが唱えると、釘で止められていた結界の元と鳴る呪符が燃え上がって、消えた。

源が消えた事により結界も消え、重苦しく留まった空気がなくなった。

「行こうか」

カツカツ、と足音を立て、Cに背を見せながら食事場に向かうスレイヤー・・・

素人目に見ても隙だらけの彼を攻撃する気持ちは、何故か今のCには生まれなかった。

 

カチャカチャ・・・

デジャヴュというのだろうか、いや昨日見たから当然なのだが、昨夜と同じ光景がCの前で起こっていた。

唯一違う点は、昨日見るも怪しかった色のカレーが今日は普通の色であった事だろうか・・・・・・いや、もう一種類、やけに紅いのがあるように見えたのは、Cの気の所為か。

「さて、君はどっちを選ぶかね?普通の辛さのカレーと、辛口派でも近づけるだけで昏倒する辛さのカレー・・・どれかね?」

「・・・普通の辛さの方でお願いします」

誰が好んで死にそうなものを選ぶものか。それに昨日の事も加味されれば十分だ。

Cがはっきりそう言ったとき、シャロンが少し顔を曇らせたように見えたのは、光の加減の所為だと信じたい・・・

「それでは頂こうか」

「・・・・・・・・・・」

静かにCは祈りを捧げ、真似してくる二人は昨日同様、丁重に無視してあげた。

そして祈り終わり、スプーンに手を伸ばすが・・・・・・なんか視線を感じた。

それもそのはず、スレイヤーとシャロンの二人が、こちらの方をじっと見ているのだ。ある意味怖い。

「・・・なんですか?またなんかおかしいものでも・・・」

「いや。君が何と感想をいうのかが楽しみでね。気にせんでくれ」

普通は気にします!という言葉をぐっと胸の内にお師とどめ、Cはカレーを掬った・・・口の中にほおり込む。

咀嚼・・・そして飲み込み、目を丸くした。

「こ・・・これは・・・」

「どうかね?私達二人の、世界にまたとないオリジナルブレンドスパイスカレーは?」

「美味しい・・・」

最早敵も何もあったものではない。Cは少しはしたなく思えるほどがっつき、カレーを三杯ほど一気に平らげた。

昔美味しい物を作って、世界を平和にしたいとほざいていた青年がいた。あのときは何を愚かな事を・・・と思ったものだが、これなら世界を平和に出来そうにCには思えた。

そんなCの様子を満足げにスレイヤーとシャロンは見守り、自分達のカレーにも手をつけた。

―――美味いな―――はい―――といった感じの空気が流れ、正に今このとき、彼等は家庭的な夕食を味わうことが出来た・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・で、結局、食事の後にもまだ闘う気だったCは、このカレー三倍が祟り、お腹一杯で動けなくなって仕舞った。

当然勝負など出来るわけもなく。大人しく部屋に戻り、少し動けるようになったら、部屋に何故か備え付けられたお風呂で汗を流し、眠るのがやっとであった。

以上、セカンドデイ―――


C「ちょ、ちょっと!また私はボケみたいな役ですかぁ!!」

T「え~?大活躍じゃん・・・ まー、一発もまともに効かなかったけど(ボソ) 」

C「・・・セブン」

T「ま、待て!本編中で出てない武器を使うな!!」

C「・・・コード・スクエア!!」

T「ミ、ミラーイメージ!!」

ガシュン!!

C「・・・チッ、逃げられましたか」

天竜の書斎に戻る 天竜へ

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu