黒い神父服のようなものを着た女性はそう呟き、古城を見上げた。
かと思うと一旦目を閉じ・・・開いた。そして呟く。
「ヴァンパイアよ、人に危害を加える愚かなる者よ。塵に過ぎないお前達は、塵に還してあげます」
彼女はそう言って、固く閉ざされた門に歩を進める。いや、閉ざされた、というのは適当ではない。正しくは、閉ざされていた、だ。
先程の彼女の呟きが終わるとほぼ同時に、その口を開いたからである。
「・・・大した自信ですね。ま、関係ありませんが・・・」
神父服の女性が優雅且つ素早く腕を振ると、いつのまにか指の間に服と同じく黒色をした細い剣が握られていた。
黒い細剣は、雨を弾き、不吉な光をみせた。
***
カツカツカツカツカツカツ・・・・・・
硬質な靴と床が打ち鳴らされて起こった足音が、だたっぴろい廊下に幾度か反響する。
やがて足音の主――――――神父服の女性は、一際広い部屋に出た。
そこには彼女に背を向けて座っている先客がいた。そして振り向く。
「ようこそ我が城へ・・・まあ何も無いが、ゆっくりしていきたまえ・・・そうだな、ずっと外を歩いてきたのなら身体も冷えていよう。今、妻に・・・」
「よくもそこまでべらべらと口が回りますね。この吸血生物」
スレイヤーの言葉を強い口調で遮り、神父服の女性は彼に剣を向けた。
「ゆっくりしていくつもりなど毛頭ありません。今、ここで、あなたは私に滅ぼされるのですから。覚悟をしなさい!」
・・・・・・パンパンパン・・・
「な、何・・・?」
彼女の言葉を聞き、薄く笑いを浮かべたスレイヤーが拍手をするのを見て、彼女はいぶかしんだ。それほどまでに自分の力に自信があるのか、はたまた、ただ状況を理解しきれていないのか・・・・・・
予想がつかない相手に、彼女の手袋が雨とは違った湿り気を帯びる。
「いやいや・・・全く素晴らしい。その歳でそこまでの迫力、力、どれをとっても申し分ない・・・」
言いつつ立ち上がる。女性は下がった。
(まだ闘ってもいないのに・・・力がばれている・・・!?)
それはあってはならない事態。自分の所持する力に対し、免疫を持っているヴァンパイアでは、そうでないものとは勝手が違う。
そしてその予感は半分当たり・・・半分外れる。
「その武器、確か・・・黒鍵、とかいったかな?見るのは初めてだがね・・・中々興味深い。後ほどゆっくりと研究させて貰おう」
それは存在を知っていながら免疫は持ってないという答え。信用できるかは分からないが、少しは不安が薄れた。
「・・・研究するまでもありません。あなたがこれから身を持って味わいますから」
「それは遠慮したいものだ・・・それにしてもわざわざこんなところにエクソシストを派遣するとは・・・中々暇なのだな、そっちの埋葬機関とやらも」
「!!・・・知っていましたか」
「何、カマをかけただけさ・・・13課か或いは埋葬機関、王立国境騎士団ほどしか、ヴァンパイアを倒す使命を持っているものはおらんのでな。単純に1/3だよ」
「そう、でしたか・・・そうですね」
からかわれたのが悔しいのか、その頬は先程よりいくらか上気しているように思える。
それでも彼女の目から闘争の強い意思が、その一厘ほどでも弱まる事は無い。
「では、そろそろ死んでもらい・・・」
ガチャッ、とそのとき神父服の女性の真横の扉が開いた。シャロンだ。その手に持たれているトレーの上には、湯気をほんのりと出したココアがあった。
「・・・あなたもヴァンパイアですか?」
シャロンは女性の問いに首を傾げ、やがてニッコリと笑って近づいてきた。
「あ、な、何を!?」
女性は急いで跳びずさるが、シャロンはその行動に疑問を抱いたように、再度首を傾げた。
「何シャロンは危害を加えたりはせんよ。彼女は君にそのココアを渡そうとしただけだ。素直に受け取ったらどうかね?それとも君は人の行為を無下にするのかね?」
その言葉には、言外に幾ばくかの批判が混じっている。どうやら神父服の女性の今の行動が、少し気に触ったようだ。
「・・・いいでしょう。頂いておきます」
(どうせ何を使おうとも私は殺せないのだから・・・)
本人が聞いたら悲しくなるような言葉を心の中だけにとどめ、女性はコップをシャロンから受け取り、ゆっくりとココアを飲み干した。
程好い甘味と、ぴりぴりと身体を温めていく熱を併せ持った液体が彼女の喉を滑り落ちた。
どうやら体温が予想以上に奪われていたらしい。彼女はその飲み物で初めてそれを知った。
「・・・どうも」
「それだけ、かね?」
チッ、と舌打ちを一度。
「・・・中々のお手前でした」
「別にお茶ではないのだがね」
そう言うと、スレイヤーは忍び笑いをし、シャロンはただ純粋に笑った。
そのまま過ぎるなら、これ以上なく楽しくも感じられるであろう時間・・・・・・だが、それはIFに過ぎない。
「・・・では、改めてさようならです。Dustto
Dust・・・塵は塵に還りなさい」
――――――ピン!とスレイヤーの指が鳴らされる。身構える神父服の女性・・・しかしなんの事はなかった。ただ彼の手には煙管が現れただけであった。
ゆったりと吸い込み、吐く。そして、そこで始めて彼女の眼を直視した。
「・・・久々の戦いだ。すぐに終わってはつまらん。そこで、少しばかり遊ぼうではないか。何、君は大した事はしないでいい・・・ただ、これから四日の間に私を倒せばいいだけだ。もしその間に私を倒せなければ、一旦この城から立ち去ってもらう。そのばあいは・・・もう百年でも経った後に挑戦してきたまえ」
そして、悪い条件ではないだろう?と不敵な笑みを浮かべる。
「私はどちらでも構いません。私の任務はただ一つ。あなたを消滅させることのみです」
きっぱりと女性は言い切る。その口調から、一切の迷いは見られない。
「そうであろうな。まあ、頑張りたまえ・・・」
自分の命が狙われているというのに、スレイヤーはその飄々とした柳のような態度を崩さない。
―――だが、変わった。
「―――ただし、言っておくことが一つあるが・・・もし、シャロンに手を出したら、そのような契約は私の方から破棄だ。刹那の時間も掛けずにこの世から消す。いいかね?」
常人ならその気迫だけで心臓が止まりかねない迫力だ。
それなりの実践を積んできたであろう女性も、事実、その気迫に足を後ろに滑らせた。
「・・・・・・分かりました。どうせその方はヴァンパイアでもなさそうですし、記憶を消すだけで良しとしましょう」
「記憶?何を言っているのかね・・・魔導の力で、彼女に触れることはあたわんよ」
そしてスレイヤーは、ようやくプレッシャーを元に戻した。
ついでシャロンの方を見て、言った。
「シャロン、彼女を客室に案内して上げなさい。この城で一番良い部屋をね」
「!?ま、待ちなさい!逃げるのですか!?」
言うだけ言って背中を見せて扉に向かい始めたスレイヤーを見て、女性は怒鳴った。手にはしっかりと黒鍵が握られている。
「逃げるのではない。別にいつでも攻撃をしてきてくれたまえ。ただ、四日間ここにいるなら、休む部屋が必要だろう。だからシャロンに案内を頼んでいるのだよ。まずは部屋から確認でもしてきたまえ」
ではな、と言って、着ていた背広のような物の上を掴むと、スレイヤーは一気に持ち上げそれを蝙蝠の口を模ったような黒い扉に変えた。
「待っているぞ」
スレイヤーがその扉をくぐると、底には何も残らなかった。その扉すら、同時に消えた。
「・・・・・・・・・・」
女性が絶句しているのにも関らず、シャロンはこっちこっちと手招きをして、スタスタと歩き出した。
女性はしばし呆然としていたが、仕方が無いので、釈然としない気持ちはあるが、スレイヤーの言う通り部屋から案内してもらうことにした。
当然行くまでに回りの注意も怠らない。地の利は向こうにあるのだから、自分も少しは近づかなければいけない。戦略の基本とも言える。彼女はそれを実践せざるを追えない立場であった。
・・・
案内された部屋は、とても清潔で埃の一片すら見つからなかった。
日当たりも風通りも良さそうだ。鏡などもついている。まるで一級ホテルのスイートルームのような感じすら与えた。
「・・・凄いですね」
女性は素直に感じたままを言った。シャロンは子供のようににこやかに笑った。
***
これが神父服を来た女性と、”異種”スレイヤーとのファーストデイ――――――