しとしとと大した音を立てず、一般的に小雨と分類されるものが、天より降り注ぐ。
少しでも風向きが変われば、たちまち雨が侵入するような、ガラスの張られて無い窓から外を見つめる影が一つ。
その影のいる窓は、およそ外からは分かりにくい。
なぜなら、その窓は言葉にするのも馬鹿馬鹿しいほど、巨大で黙々と霜月を重ねた古城のほぼ中心の塔に存在したから。
「・・・ふむ・・・中々、この雨というのは風情があるのだが・・・こう毎日降り続かれると、少し飽きてしまうものだな。なあ?シャロンよ」
シャロン、と呼ばれた美女は、すぐ側に影のように佇んでいた。
彼女はその質問に言葉を返さず、微笑を見せる事で答えとした。
この城に存在する生命体は二つ。内、その一人は言うまでも無く、このシャロンだ。
そして、シャロンに問いを投げかけた声の主こそ・・・・・・
「・・・暇、だな。たまには少しばかりの刺激が欲しいものだ」
紳士然とした態度と威厳を兼ね備え、この古城の主・・・
人は彼の事をこう呼ぶ。
”異種” スレイヤーと・・・
”異種”はどの生命体とも合致しない、独特の単体種。不老の体を持ち、およそ人の到達できない力が天性の物として兼ね備わり、好んで血を飲む事から、ヴァンパイア―――吸血鬼、とも呼ばれる。
他の生命体とは、レヴェルがかけ離れた存在・・・故に、人は恐れ、”異種”と呼ぶ存在との対立を極力避けた。
無論”異種”とて、無駄に虐殺などと言う”手間”をかけたくは無いので、彼等の態度には賛成であった。
・・・だが、人は、人間という種は、自らの姿に似た、違うモノを多かれ少なかれ拒む性質がある。
例えば五体が不満足な者。自分達が、当たり前に持っている物を持っていないというそれだけで、人ではないものを見るような目になる者がいる。自分達は、目に見える肢体の代わりに、心が欠けているのを理解せず。
そして、その区別の最たるモノが、具現化した姿こそ、”異種”である。人は彼等の存在をいつまでも許しはしなかった。
”異種”に対する兵器―――その世界では、概念武装とも呼ばれたりするそれが、発明され、洗練されていった。
”異種”は始めこそ侮ったものの、自分達ですら未体験の概念武装の力は、そう甘くは無かった。
”異種”一体に対し、数十から数百個の概念武装が必要、という非経済的な部分を除けば、それは確実に”異種”を倒すものであったから――――――
今や”異種”から見れば、人は天敵。それも最凶最悪といってもいいもの。無視できる範囲は既に突破して、今では確認出来ないほど、遥か遠くだ。
だが、人を敵と認知した”異種”は恐ろしい力を発揮した。
以前に、"異種"がしていた事といえば巨木を倒したり、人から血を少しだけ奪ったりしていただけであったが、人はそれがほんの戯れだったとは、後々知った。
本気になった彼等は、大地を揺るがし、一晩で一つの町をも死都へと変貌させ、そして、概念武装に対する免疫をすぐさま兼ね備えた。
人と”異種”の鼬ごっこは長く長く続き、今に至るというわけだ。
「暇をもてあますのも悪くは無い・・・が、それも限界がある。流石に、何十年間を棺桶で過ごす趣味など私も持ってはいないからな・・・さて、シャロンよ、どうしたものかな?」
シャロンはまた先ほどのように微笑み返すだけだ。元よりスレイヤーも返事は期待していない。
それどころか実の所、彼はいうほどこの状況を暇に感じてはいなかった。妻のシャロンと過ごす時間は、何物にも変えがたい幸福な時間だと思っているし、学問や美食の追求など、やる事は尽きていない。
そんな二人の間を風が抜けた。
風によって、スレイヤーに雨がかかる筈だが、雨がそれを拒むように彼の周りにだけその身を落とした。彼を濡らすのは失礼だと無生物なのに、理解しているのかもしれない。
そして再び、三度・・・
・・・そして、次の風に彼等は何かを嗅ぎ取った。
「・・・どうやらお客さんらしい。なるべく厚いもてなしをしようではないか。シャロン、何か暖かい物を用意しておきたまえ」
コクリ、と頷くとシャロンは音も無く下がった。
スレイヤーは、彼女が出て行くのを確認すると、窓の外に目を向けた。いや、目を向けただけでなく、その正体を目で確認した。
雨で視界も悪く、双眼鏡のうんと高性能なものを持ってしても見えないものを、彼は確かに見通した。
「人間・・・か。私はそう甘くは無いぞ?それを理解しているなら、歓迎しよう」
***
雨の中を進むものが一人。
その身体つきからして、女性のようだ。
迷ったものではない。足取りは確かに古城の方向を向いていた。
そして―――その手には、少し大きめの穴が穿たれた、ちょっと奇妙な形の箱が持たれ、その手袋には十字架と、神を称える文字が描かれていた―――
続く・・・・・・ハズ