『――――Santa Clause――――』

 彼女らがそれを拾ったのは、師走もじきに終わる夜だった。
「あれ……? なんだろう、この紙」
「うん? どうしたんだ、妹紅」
「いや、慧音。これなんだけどさ」
 しんしんと積もる雪の中である。
 一年を通して変わらない白い上着と、札をぺたぺた貼り付けた指貫袴だけの姿――――藤原不比等が娘、藤原妹紅。彼女が示したのは、一枚のカードであっ た。

「紙、か?」
「うん。なんか書いてある」

 白い息で応えたのは、こちらはいつものワンピースを長袖の冬服仕様にし、ふわりとしたストールを羽織る上白沢慧音――――半獣の妖怪である。ト レードマークとも言える、清王朝の弁を彷彿とさせる帽子は、いつも通りだ。頭頂の赤いリボンが、ふわりと揺れる。

けーねてんて

「ええと、なになに……ああ、これなら知ってるや。なんとか読めそうだ」
「そう、なのか? ここらの言葉とは、大分違うようだよ」
 眉根を寄せる慧音に、妹紅は柔らかく笑む。「まあ、昔色々あってさ」
「……そうか。またいつか聞かせてくれると嬉しいな」
「いずれね」
 深く追求しない彼女が、今はありがたい。妹紅は、再びカードに目を戻した。リース状の内枠に囲われている文字は、そう多くない。
「Santa clause。サンタ、クローズ? うーん、クローズ……って、条例とかだったか。えらく仰々しいな。サンタってなんだ?」
「ん? どうやら、二つ折りになっているようだぞ」
「本当だ。中にも何か――――」
 展開して、うへと舌を出した。カードの内側には、表に書かれた文字と同様のものが、細かくびっしりと書き綴られていたのだ。流石に全部を追うのは面倒な ので、彼女は、他のものより大きくなっている文字だけを読み上げた。

「『万一の場合は引き継いでくれ』……」
「と、書いてあるのか?」
「ああ。他のは、なんか難しいことを色々と」
「そうか。だが、何を引き継ぐのか位は、最初に書いておいて貰いたいものだ」
「本人らしき相手もいないからなあ。まあ、どうやらここらの人間のものじゃなさそうだ。迷い人がまた出たのかも知れない」
 慧音も、同意の頷きを返す。
「では、明日にでもその紙は、わたしが博麗神社に届けよう」
「それがいいんじゃないかな」
 肩を竦めて、妹紅は自分の家に向かう。

「しんしんと積もる雪に、どこからともなく届いた不思議な手紙。――――酒の肴には十分だ。勝手なことを言い合って、美味い酒にしようか」
「そうだな。そうだったな。喜んで、お邪魔させて貰うよ」
 今日は、いい酒が手に入ったのだ。どこからどう流れてきたのか、見たこともない大吟醸酒である。これは独り占めできないと、妹紅が慧音を呼んだのが昨日 のこと。互いにうずうずして一日を過ごしていたのだから、どれほど楽しみにしていたのか分かるというもの。
 この日、竹林の守人の家から明かりが消えることはなかった。
 

 

「なん――――――――っじゃこりゃあーーーーーーーーー!」
 早朝の絶叫に、眠っていた獣達が、びくりと震えた。妹紅の声であった。

「なん……っ、なん……っ!」
 驚きの余り声が出ない。そんな様子である。
「どうしたんだ、もこう。こんなあさはやくから……」
「だだだ、だって、わたしの服と顔――――って、うわあっ!」 
 欠伸をかみ殺してやってきた慧音に振り返り、再度仰天する。
「け、け、けいっ……慧音! 慧音慧音けーね! 頭頭!」
「あたま?」
「角! 生えてるよ! なんか違うのが!」
 ぼうと言われたままに頭に手をやると、慧音の手に、確かに普段はない突起が触れた。しばらくはサワサワと擦っているだけだったが、次第に意識が覚醒して きたか、くわっと両目が見開かれた。

「毛っぽい!」
「そこっ?! 驚くのそこでいいの?!」
「しかもこんなに枝分かれしている!」
「もっと根本に!」
「なぜ満月でもないのに角が……」
「ああ、やっとそこ行ってくれた」
 ほっと胸をなで下ろしかけ、問題が何も解決していないことを思い出す。
「ハクタクになったわけじゃないね。角以外は、いつもの慧音だ」
「そういう妹紅も……その」
「ああ、うん。分かってる」
 口の端は辛うじて持ち上げているが、煤けた笑みだった。しかし、それを慧音が見ることは叶わない。なぜなら彼女には、そういう変化が起きていたのだ。

もこたん

「服が、いつもと違うな。いや、色は似ているのかもしれないが、こう――――もこもこしているというか」
「……わたしの名前に掛けてないよね?」
「……ともあれ、見たことない形をした服だな。紅魔館の者達なら、或いは知っているかも知れないが」
 否定しろよっ、との声には耳を傾けない。
「まあ、暖かそうだし、まだいいんじゃないか。昨日までの格好は、見ているこちらが寒そうだった」
「そんな風に思われてたんだ」
「ああ。他に服がないのかと心配していた」
「酷いなあ――――で? そろそろこっちに突っ込もうか」
「いや、まあ、その……ああ。分かっては、いるんだがな」

 じいっと妹紅の顔を見て、言った。「どうして、髭が」
「本物でなく付け髭らしいのが救いだけどね」
 ほら、と口周りの豊かな白髭を取ってみせる。
「どうしてそんなのを付けているんだ?」
「付けたくて付けているわけじゃない」
 剥がした付け髭を投げ捨てて、見ててと口元を指さす。何秒かの後だ。ぽんと付け髭が現れ、先ほど同様に妹紅の口周りを覆った。
「つまり、こう言うこと」
「なるほど。つまり――――」
「ああ」

「異変だ」
 結論は、二人の口から同時に告げられた。


「……あれ。貴女方は」
「珍しいな。もう一人の巫女の方か」
 博麗神社に降り立った妹紅と慧音が見たのは、最近幻想郷に越してきた風祝の巫女であった。紅白ではなく、青白の服。頭には蛙と蛇のアクセサリー。それ が、東風谷早苗という人間だった。
「悪いけど、あんたじゃなくてもう一人の巫女に用があるんだ。いる?」
 妹紅が問うも、返事はない。不思議に思って、早苗に振り直ると、目を丸くして二人を見ていた。
「今は色々と変わっているんだったな。それを相談しに来たんだ。だから取り敢えず――――」
「サンタさんですね!」
 突然の大声で、頭がきんきんとした。
「……な、なに? そのサンタって」
「う……いや待て、妹紅。昨日のカードにそんなことが書いてあった筈だ」
「そちらは、トナカイさんですか。うわあ、幻想郷にもクリスマスがあったんですねえ!」
 はしゃぐ早苗を横目に、妹紅と慧音は顔を見合わせる。
「ええと、あんたなんていう名前だっけ。確か、こち……こち……」
「東風谷早苗です」
「ああ、そうそう。東風谷さん。あんたは、この格好に見覚えがあるのかい?」
 その問いに、早苗はきょとんとした表情を見せる。
「あれ? 知っててその格好をしたわけじゃないんですか?」

「それはそうでしょ」
 四つ目の声が加わる。
 頭には、大きな赤いリボン。服は、寒くもないのか肩先と袖が分離した、紅白の巫女服。今度こそ、本当の博麗神社の巫女、博麗霊夢であった。
「あんたが言ってる、"くりすます"だかが幻想郷にあるなら、わたしも含めてみんな知ってるし、やっているわよ」
「じゃあ、どうしてこちらのお二人は?」
「ん~……さあ」
 にべもない霊夢に、二人の肩ががくりと落ちる。
「少しぐらい、原因を感じてくれると助かるんだがな」
「面白い角生えているわねえ。なに、自分の種族ごと歴史作ったの」
「そんなことをするものかっ」
「で? こっちもこっちでなんで髭生やしてんのよ。あ、取れた」
「あいたっ。せめて断ってからにしろ!」
 勢いよく取られた後、ぽんと再び生まれる付け髭。それを見て、ようやく霊夢の顔が、真面目なものに変わった。

「――――ふうん」
「これは――――」

「呪いですわ」
 二人の巫女の言葉を継いで、艶やかな声が四人の上から降る。
 八つに分けた金髪を、一房ずつリボンで結んだ頭。奥の見通せない紫の瞳。美しさより先に、胡散臭さを感じる笑み。妖怪の賢者こと、八雲紫だ。空の裂け目 ――――彼女の言うところの"スキマ"から、上半身だけを覗かせ、四人を見下ろしていた。
「……八雲紫か」
「ええ。ご機嫌如何かしら、ハクタク。素敵な角ね」
「ぐ」
「止めときなさいよ、先生。アイツは、からかっているだけよ」
 事実、不機嫌になった慧音を見て、紫はくすくすと笑っていた。
「おい。呪いって言ったな」
「言ったわ。そう、例えば昨日、妙なものに巡り会った」
「変なもの? ふん。ただ酒を飲んだだけだぞ。……いや」
「思い当たる節が、ありそうですわね」
 当てられたのが気に入らないのか、不承不承、妹紅は一枚のカードを取り出す。昨晩拾った、異国語の書かれたものだ。
 それを一目見て、霊夢は「うわ」と漏らした。
「なんだよ」
「いや、だってそれ……明らかに、ねえ」
「う~ん……そこまではっきりとは分かりませんけど。はい、確かになにか変な感じが」
「おいおいおい」
 これってそんなにやばいブツかと、顔を引き攣らせる。
「どうして分かるんだよ」
「だって、わたし巫女だし。こっちも一応だけど」
「い、一応じゃありませんっ。ちゃんと巫女です!」
 意味が分からないが、そんなものかと曖昧に頷いておく。

「で。これが、この紙の呪いだとして、どうしたらいいんだ」
「あら。それは、紙に書いてある内容を実行したらいいだけでしょう」
「ふうん。何が書いてあるの?」
「ほれ」
 ぴろりと示されたカードを見て、うげ、と舌を出す霊夢。
「分かんない。そこの風娘」
「風祝です! ええと……英語、ですかね」
「なに、読めるの」
「――――よ、読めません……」
「なんだ」

 巫女二人による漫才はさておき、紫の話は続いた。
「それは、寒い寒い冬の間のこと。真っ赤な防寒着に身を包んだ、小太りの中年男性が、無性に子供達にプレゼントを配りたくなったの。そこで彼は、煙突から 侵入しようと考えた」
「どうしてそこを選んだ……」
「だけど残念。目的地に到着する前に、間の抜けた彼は足を滑らせて屋根から落ちて死んでしまったの」
「悪意を感じる言い方ではないか?」
「気のせいよ、ハクタク。まあ早い話が、貴女達が拾ったカードは、その男の思いが詰まっていたものなのよ。何をしたらいいか分かったんじゃないかしら」
 溜息混じりに頷く、妹紅と慧音の二人。
「つまり、プレゼントを配れってか。その男とやらの代わりに」
「その通りですわ」
「でも、わたしは配るようなものは持ってないぞ」
 それを聞き、ふふ、と胡散臭い笑みを浮かべる紫。そして、スキマの奥に手を突っ込み――――
「そんなこともあろうかと、プレゼントが無限にわき出す袋を用意しましたわ」
「準備いいなぁっ?!」
「ふふ」
 突っ込まれると、どこか楽しそうにして、彼女は再びスキマに手を入れる。
 取り出したのは赤い帽子だ。丁度今の妹紅の格好に準えたように、帽子の縁が白い綿になっている。また、三角に細まって行く先には、彼女がいつも頭に括り 付けている札のリボンが結ばれている。紫はそれを、自分の頭に軽く乗せて言った。

「似合う?」
「どー見ても、合わない」
 巫女漫才を切り上げて、突っ込む霊夢。にべもない態度だったが、紫は「でしょうね」と答えるだけだった。
「ふふ。そうよ、霊夢。これはわたしのものじゃないものね」
 帽子を脱ぎ、再々度スキマに手を入れる。今度は、もう一つのスキマが開き、妹紅の頭に帽子が乗った。
「ほら、こっちならよいでしょう」
「おい、どうしてわたしに被せる」
「サンタさんがサンタ帽を被るのは、必定の理だからですっ!」
 霊夢と同じく戻ってきていた早苗が、またも大声を上げる。お陰で、またもくらっと来る妹紅と慧音。
「だけど、なあ」
「どうかしまして?」
「いや、どうしてわたし達が、そんなことしないといけないんだよ」
「あら。では、そのままでもいいと?」
「それは断る」
 即答する妹紅に、紫は薄い笑みで答える。
「だったら、答えは出ていますわ」
「ううむ……」
「それに、ほら。ハクタクの方は満更でもない様子よ」
「え?」
 閉じた扇子で指し示された先を見やると、いつの間にか、境内に置かれているソリにヤケに興奮している慧音の姿があった。
「ど、どうしたというのだ? わたしは……!」
「け、慧音?」
「妹紅。わたしは今、無性にこれが引きたいぞ……っ!」
「ちょ! 目がマジだよ! 怖いよ?!」
 と、どん引きする間も与えず、慧音は妹紅を担ぎ上げてソリに乗せたかと思うと、前に回り、紐をたぐり寄せた。

「ふ、ふ、ふ、今宵はハクタクの血が滾るッッッ!」
「違う! ハクタクってそういう妖怪じゃない!」
「行ってらっしゃいな」
 ぱちり、と鳴った扇子を合図に、慧音は地面を蹴り飛び上がる。そして、いつもとは段違いの速度で、飛行を開始する。
「今日のわたしは、阿修羅をも凌駕する存在だ! ははははは!」
「け、けーねが壊れたあああぁぁぁぁ……」
 遠ざかっていく二人を、或いは楽しそうに、或いは呆れながら、或いは呆然とした人影が見送った。

 

「まずは人里だ!」
「ハードル高っ」
 この姿を大勢に晒すのかと、ちょっぴりブルーが入る。しかし、慧音は止まらない。
「さあ、着くぞぉ!」
「ああもうっ、分かったよ!」
 結構な勢いのまま、里の広場の空いたスペースに、着陸を果たす。当然、衆目の目を引くには十分なパフォーマンスとなった。
「……慧音、先生?」
「ん。程よくみんないるな。今日は、さんたさんが贈り物をくれるそうだ。ほら!」
 いつもより十割増しの元気さで、サンタの妹紅を紹介する慧音。だが、振り返るとソリには誰も乗っていなかった。
「……おや?」
「せんせー。こっちー」
 子供の一人に呼ばれてみれば、地面にめり込んでいる妹紅がいた。もちろん、勢いの良すぎる着地で投げ出されたのだ。お陰で、首がいけない角度に曲がって いた。
「も、妹紅ー?!」
「……あー。りざれくちゅうだから、まってぇ……」
「すまないっ。こんなことになるなんて……!」
「わかったから、ゆらすなー」

 それから数分後。ようやくプレゼントの手渡しが始まった。
「でっけえ箱! これどうやって入ってたんだ?!」
「それより先に、さんたさんに言うことがあるだろう?」
「ありがとう、さんたさん!」
「あいよ」
 始めこそ羞恥心でもごもごとしか喋らなかった妹紅だったが、何人かに配る内に緊張もほぐれ、今では軽く笑って答えていた。相変わらずの髭で、口元の動き が分かるものは限られていたが。
「ふふふ。たまには良いだろう、さんたさん」
「……まーね」
 そして全員に行き渡ったと見るや、妹紅はソリに飛び乗った。慧音もソリの前に回り、綱を持つ。
「それじゃあなみんな。おっと、言い忘れていたが、贈り物を開けるのは、明日になってからだぞ」
「なんでー?」
「そういう決まり、だそうだ」
 ウインクを決め、二人は再び寒空に飛び立った。

 

「今度はどこだい」
「そうだな。このまま進むとだと……魔法の森か」
「ふうん。魔法使いが二人ほどいたっけか」
 言って、何とはなしに髪を掻き上げる。すると、指先に軽い感触を覚えた。
「なんだ?」
 取り出してみると、スペルカードであった。だが、いつもの妹紅のそれとは、全く違っている。
「……ここまで変わるのか。大した呪いだな、おい」
「妹紅。そろそろ一人目の家だぞ」
 言われて下に目をやれば、確かに細い煙を上げる小さな家が見えた。
 そこで、妹紅の手が動いた。
「……慧音。先に言っておく」
「なんだ?」
「スペルカード使いたい。というか、うん。使うから」
「え? ええっ?!」

"『インベード・フロム・チムニー』"

 急速に煙突に接近し、一瞬二人の視界が反転する。再び目を開けた時、彼女らが捕らえたのは、抱き合っている(ように見える)魔理沙とアリスだっ た。

「あ」
「お」
「な」
「~~~~!!」
「どわっ!?」
 顔を真っ赤にして、魔理沙を突き飛ばすアリス。突き飛ばされた魔理沙は、ぬいぐるみの山の中に埋もれてしまう。
「ちちち、違うのよ!? 今のは、そうなんて言うか、とにかく違うの!」
 必死だった。腕をわたわたと動かし、目をぐるぐるさせながら、言い訳をするアリスは、正に必死という言葉がしっくり来る有様である。

「……慧音」
「言うな、妹紅」
 優しい目で促され、妹紅は一歩歩み出る。アリスの前に立つ時には、こちらも優しい目になっていた。
「あ、あのね、今のはね、ちょっとよろけたところを受け止められただけなのよ?」
「……その通りなんだけどな。受け止めてやった奴を突き飛ばすとか酷いぜ」
 文句を垂れながら、魔理沙が復帰。
「しょ、しょうがないじゃないっ。わたしだってあんなことしたくはなかったけど……タイミングってものがあるでしょ?!」
「お前が転んで怪我するのを見てろってのか?」
「そういうことじゃないのっ」
 放っておけばずっと続きそうな、緩い口喧嘩だ。そのくせ、第三者の存在を認めない排他感を感じさせる。なので妹紅は、さっさと用事を済ませることにし た。

「ちょいと悪いが、お二人さん。これ」二人に、一つずつ小さな箱を渡して言う。「メリークリスマス」
 どこか、胸焼けを起こしているような、ごちそうさまとでも言いたそうな、そんなメリークリスマスだった。
「な、なによ、その優しい目は!」
「いやあ」
「ちょっと、ホントに受け止められただけで……ていうか、貴女達が突然変なところから入ってくるから!」
「お。そろそろスペルブレイクだ」

 ブレイク。
 家に入った時と同様に、妹紅と慧音の視界が反転する。目を開ければ、そこはスペルカードを使った場所だった。
「妹紅」
「ん?」
「分かっていてからかうのは良くないな」
 言われ、妹紅はへへと花を擦った。
「慧音先生も、人のことは言えないんじゃないかい?」
「……さ、次に行こうか」
 鈴の音を撒き散らし、再進行が始まる。

 二人の足取りは軽い。
 魔法の森のもう一人――――魔理沙には、既に出会っている。森は、そのまま颯爽と抜けきった。途中で、変わった三人の妖精に出会ったので、そちらにもプ レゼントを渡した。

 そして、赤い屋敷が見える霧の湖では、湖上で自称最強の氷の妖精に絡まれた。のらりくらりと弾幕を躱しながら、プレゼントを突き付けて疾走。軌道 がアレ過ぎたので、ちょっと気分が悪くなった妹紅だったが、気合いで色々飲み込んだ。

「! 何やつ!」
 と、立ちふさがる門番は、"睡符『スリーピングよい子』"と、一瞬で夢の世界へ誘い、
「侵入者となれば、捨て置きません。お覚悟を。幻世『ザ・ワールド』っ!」
 瀟洒なメイド長に時を止められても、
「と、止まらない……っ?!」
 サンタの原動力は、子供達の夢である。子供の夢を止めることは、何人にも叶わないのだ。

「ま、待てっ!」
「嫌だ断るっ! メリークリスマスだ! ははっ、なんだか楽しくなってきたね慧音!」
「ああっ。目標見えたぞっ」
「お嬢様、お逃げ下さい!」
 赤い服の、小さな吸血鬼。その姿を認めると、妹紅は袋に手を突っ込んだ。
「む。なんか大きい……それに、動いている……ええい、とやあ!」
「え?」
 袋から取り出して、吸血鬼のお嬢様に放り投げたのは、後ろから追ってきているはずのメイド長だった。その手に、小さな箱を抱えている。

「え、お嬢様?」
「きゃー!」
 もみくちゃの二人を、尻目に切り返すサンタ組。
「……ちょっと驚いたな」
「ああ。ま、いいんじゃないか。そういうのもさ。メリークリスマス、お嬢様。さあ、次は地下と図書館だ!」

 地下でもまた、袋から出たのはほとんど同じだった。違うのは、幽閉された妹の姉であったことと、メイド長がしがみついていたこと。

「貴女……なんなの」
「一日限りのサンタってね、小さなお嬢さん。メリークリスマス」

 

 赤い館の後は、気が乗らなかったが、妖怪の山に向かう。言うまでもなく、たくさんの天狗達に追いかけられたが、プレゼントはばらまきまくった。
 そして、今の慧音のソリに、最後まで付いて来れたのは、一人の烏天狗だった。
「く。まだついてこれるのか!」
「それはこっちの台詞ですよ。わたしとほとんど同じ速さで飛べるなんて、今までどうして隠していたんですか、慧音さん!」
「生憎今日限りでな。急いでいるんだ」
「では、取材させて下さい!」
「急いでいると言っただろう! 断るっ!」
 そして慧音は、僅かの間に妹紅に目を配る。その意味を余すところなく理解した彼女は、一枚の札を取り出した。
「む、スペルカード――――」
「取材してもいいさ。ついてこられたらな! 行くよ慧音、"北極発『トナカイチャリオット』"!」
「なあ……!?」

 烏天狗を置き去りに、光となった慧音と妹紅は、いつの間にか無縁塚まで辿り着いていた。
「いやいやいや。速すぎ、速すぎでしょこれ」
 などと突っ込む間もあればこそ。サボりをかます死神や、書類に埋まりそうな閻魔様等々に、贈り物を差し出し、説教前に退散する。

「"目印『レッドノーズ』"」
 その時もまた、高速移動をしたのだが、弾幕代わりに出た赤鼻のるどるふさんに、慧音は少し拗ねていた。
「わたしだけでいいじゃないか……」
「ま、ま、落ち着きなって」
 そして二人は太陽の畑と呼ばれる一面の花畑を通過し、最後に永遠亭に辿り着いた。

「え。ちょっと待った。なにそれ。普通に一つ前の方がラストステージだったよね?」
「機嫌が偉く悪かったな。冬だからだろうか」
「多分ね。『死なないなら、いっぺん死んで肥料になれ』――――ってさ。何度殺されたんだろ、わたし……」
「服の色が、元からなのか、血の色なのか分からなくなっているからな」
「……深くは考えないでおこう」

 話を切り上げる。もう相手はそこにいた。
「ここまで来ておいて、わたしをガン無視とは、相変わらずいい根性しているわ。妹紅」
「ああ。お前も相変わらず、性根が腐ってそうな顔だな、輝夜」
 両者の顔が引き攣る。
「お、おい、妹紅」
「ちょっと殺ってくるよ、慧音」
 物騒な台詞を残して、妹紅はソリから飛び立つ。静止の声は二人に露も届かず、あっという間に色とりどりの弾幕戦が繰り広げられた。ただし、輝夜から妹紅 への一方的なものとして。

「ああっ! くそ、通常の弾幕もなんか変だ!」
「ほら、どうしたの。こんな毛玉とか星の飾り物みたいなので、どうやってわたしを殺ろうというの!」
「言ったな!」
 挑発に乗り、慧音はいつも通り、フェニックスの羽を展開する。
 ――――筈だったのだが。

「……ぶはっ。あはは! なにそれ! 七面鳥?!」
「おわあっ! ヒ、ヒデェ」
 彼女の背中でわさわさと揺れるのは、力強い炎の羽ではなく、カラフルに色分けされた七面鳥を思わせる羽毛だった。
「こここ、こんなのでやってられるか!」
「あら、じゃあ負けを認めるの?」
 にやにやと嫌らしく笑う輝夜に、誰が、と噛みつく妹紅。
「だったら、これを使うだけだ!」
「ふん。どんな弾幕かしらね」
「頼むから、マシなの出ろよ……! "『もってけ謎ソックス』"!」

 発動後、弾かれたように飛び出す妹紅。輝夜は、弾幕を散らす間もない。あっという間に接近を許し、胸に衝撃を受けた。このまま貫かれるか、と死を 覚悟する。
 が、それ以上の押しはなく、そのまま何かを押しつけられて、少し後退しただけだった。

「……なに、これ。靴下?」
「ぐ、ぐ、ぐ。お、お前にもやるよ、クリスマスの贈り物って奴をな!」
「贈り物? こんな物に入れて渡すなんて、どうかしているわね。地上人ってのは。……ふうん、蓬莱の玉の枝とか?」
「当てつけかコノヤロウ! ぶっ殺すぞ! ――――ああもう、素直に受け取って、静かにしてろ!」
 帽子を引き下げて顔を隠し、妹紅はソリに戻る。隠し切れていない肌は、真っ赤だった。
「よしよし。よく耐えたな、妹紅」
「そんな慰めは要らない! いくよ、慧音!」

 

「あ~あ。今度こそ凹ませてやろうと思ったのに、もう逃げた」
「まるで恋人を焦がれる女の子ね、輝夜」
 突然現れ、隣に立った永琳にも動じず、
「冗談」
 とせせら笑う輝夜。そして、受け取った靴下を顔の高さまで持ち上げて、ふっと息を吹きかけた。
「……ま。貰っておくわよ、妹紅」

 

 日が暮れかかり、一段と寒くなってきた空に、慧音と妹紅は漂う。
 あらかた配り終え、飛ぶ速度も大分弛んでいる。
「話に聞いたところによると、これを毎年やってるんだろ。このサンタって奴は」
「しかもそれが、髪も髭も真っ白な老人というのだから、驚きだな」
 ふと振り返る慧音。
「意外と髭が似合うんじゃないか、妹紅?」
「冗談」
 剥がすのはいい加減に諦め、ゆるゆると髭を弄る。

「だけどまあ。戻りそうにないなあ。なんでだ?」
「それはもちろん、最後の仕上げがまだだからですわ」
 ソリに併走するスキマを開き、胡散臭い笑顔を覗かせたのは、またも八雲紫であった。
「最後の仕上げだって?」
「ええ。プレゼントを配り終えたサンタさんは、子供達からの贈り物を受け取るのよ」
 足を止める慧音。ソリもゆっくりと止まる。
「子供達からの贈り物?」
「ええ。クッキーとミルクのね」
「ふうん」
 どこか冷めた目で、紫を見やる妹紅と慧音。

「あら、ご不満?」
「いいや。よく知っているなと思っただけさ。――――ええ? 仕掛け人さんよ」
 言われ、紫はすぐには答えなかった。扇子で口元を隠してからおもむろに、
「いつ気付いたのかしら」
「むしろ隠す気が、あったのかと逆に問いたいな」
「出てきてすぐさ。余りにも準備が万端過ぎただろ」
「それはもう。話はさっさと進める物でしょう?」
「メタなこと言うな」
「滅多なことを言っただけですわ」
 口元を隠したまま、くすくすと笑う。

「で、どうするの? 復讐でもしてみる?」
「――――そうだな。それもいいか」
「慧音?」
 思わぬ所から声が上がったので、妹紅の方が驚きの表情を浮かべる。
 だが、ちらりと目配せされたことで、ああ、とこちらもいじわるな顔つきになった。
「そういえば、まだ仕事が終わってないな」
「あら?」
「今になって思えば、あの酒も報酬の前払いだったんだろう?」
「そこまで」
 分かっているのね。そう言いたげに、紫の目が緩い弧を描いた。
「だったら、このお祭りの仕掛け人には、もっと盛大にお返しをしてやらないとな」
 そう言って手にしたのは、最後のスペルカード。
「"聖夜『メリー・ホワイト・クリスマス』"!」

 

 雪がしんしんと積もる夜。
 生き物も植物も息を潜める寒い時間。
 しかし今宵の博麗神社は、とても騒がしかった。

「ったく。こんな時にまで、どうしてうちで宴会なのよ。寒いったらありゃしない」
「愚痴るな愚痴るな。ほれ、霊夢。注いでやるぜ」
「ありがと」
 あるところでは、巫女と魔女が戯れていたり。

「またわたしまで巻き込むとは、いい度胸よね。もう十遍は殺そうかしら、あの人間」
「おいおい。なーに物騒なこと言ってんのー。ほら、あんたも飲みな」
「……そこの鬼。何を勝手に注いでいるの」
「おっと。なんだ言ってくれよ。こんな酒は強すぎて飲めませんー、お子様なのー、ってさ」
「っ! 言ってくれる……っ!」
 あるところでは、鬼に乗せられて、強烈な酒を一気に呷る花の妖怪がいたり。

「あー。出番あって良かったですねえ、パチュリー様。……パチュリー様?」
「寒い……死ぬ……」
「ひいっ! 防寒着! 暖房! わーわーわー!」
 あるところでは、死にそうになっている本の虫と、小さな悪魔がいたり。

 人も、妖怪も、妖精も、区別なく入り乱れた大宴会。
 わいわいがやがやと、笑顔と元気に溢れいている。

「全く。まさか、最後のカードをこう使うとは、ね」
「ビックリしたか?」
「ええまあ。お願い事が叶うものだったのよ、あれ」
「だったら問題ないさ」
 スキマから出て、敷かれたシートに腰を下ろす紫。彼女を挟んで、妹紅と慧音もまた座っていた。
「問題ない?」
「そうさ。楽しく宴会。わたし達だけでなく、みんなの願いだろう?」
 どうだ?とお猪口を見せる慧音に、紫は静かにお猪口を持ち上げた。
「そう。そうね。みんなの願い。いいわね、それも」
 感慨深げに呟き、彼女は自分の式の藍と、更にその式である、橙を呼びつけた。
「藍。用意はできている?」
「こちらに」
「では、橙。こちらの二人に、それを」
「はいっ」
 猫少女が藍に託されて運んできたのは、数枚のクッキーと、緩やかに湯気を上げるホットミルクだった。

「さあ、これで最後よ」
 促されるままに、慧音と妹紅はクッキーの小皿とミルクの杯を受け取る。
「んじゃまあ」
「ああ、そうだな」
 そしてクッキーを一枚手に取り――――慧音は妹紅に、妹紅は慧音に、互いの口に手を伸ばした。二人にクッキーとミルクを配達した橙の顔が、瞬時に沸騰す る。

「……人を挟んで、見せつけてくれるのね」
「へへ、どうした。悔しいかい」
「言っただろう? 復讐とな」
 目を閉じ、扇子で額を軽く打つ紫。「……そういうことね。やられたわ」
「してやったり、と言う奴だ」
「悔しすぎて、冬眠が遅れそうよ」
「はっ。ザマァ見ろってんだ」
 悪戯成功とばかりに、紫の頭上で手を打ち合う慧音と妹紅は、しかし、顔が真っ赤だった。

「さあ。今度こそ最後よ。ミルクを手に」
「ああ」
「うん」
 ゆっくりとミルクの杯を持ち上げる。だが、すぐに飲んだりはしない。彼女達は、待っていた。
「どうかしまして?」
「八雲紫。あなたも一緒だ」
「仕掛け人だろ?」
「ああ。そういうこと」

 促され、艶然とお猪口を持ち上げる。
「素敵な呪いをありがとよ」
「どういたしまして。来年も如何?」
「いいや折角だ。次の者達に、襷を繋ごう」
「考えておきましょう」
 三人の器が、軽く触れ合う。

「メリークリスマス」

 

2010Christmas!


 ~異変解決~ Merry('s) Christmas!

 Thank you for Naoto(Illust)
 And you!

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