ある時、ある場所に、ある種族が居た。
 彼らには、その存在の根幹に関わる、ある言葉があった。それを口癖にしているものも居れば、まるで言わないものも居た。だがそれでも皆が皆、少なくとも心の中では同じことを思っている種族がいた。
 
 彼らのレゾンデートルたる、その言葉とは、

 『どうして』

 という、たった一言だった。
 
 どうして日は昇るのか。どうして日は沈むのか。どうして明るくなるのか。どうして暗くなるのか。どうして物が見えるのか。どうして水は流れるのか。どうして水は消えるのか。どうして水は固まるのか。どうして物は落ちるのか。どうして良い香りがあるのか。どうして嫌な匂いがあるのか。どうして音楽を心地よく思うのか。どうしてうるさいと思うのか。どうして甘いと感じるのか。どうして苦いと感じるのか。どうして辛いと感じるのか。どうしてどうしてどうして。 ドウシテ。
 
 疑問は尽きない。疑問の解決は、無限に終わらない。答えを求め続けても、まるで世界が狭まらない。終わりの地の影すら踏めない。
 
 分からない。どうして世界はこんなに広いのか。どうしていつまでも謎が尽きないのか。 どうして分からないものがあるのか分からない。
 
 
 何よりも、『どうして神はこのような世界を作れたのか』。
 
 
 だが。その疑問は、今日で終わりを迎えることになった。
 全てに『どうして』を投げかける種族の、ある科学者達が、とうとう最終手段に乗り出したのだ。
 
 「そうだ。疑問が尽きないなら、世界が分からないなら、神が理解できないなら、我々が世界を造ればいい、神になればいい」
 
 分からない物事の立場に立ち、答えを求めるというのは、問題解決の基本。だが、彼らのアイディアは余りにも突飛である。幾ら分からないからといって、新たな世界を造ろうなどと、他の生き物は考えない。いや、考えられない。それでも、疑問を解決することを最上の存在理由としているその種族の手によって、世界を造るという突拍子も無いすぐさま実行へと移された。

 
 
 「何の手がかりも無い五里霧中、一寸先は闇の世界の中!皆様はどうお過ごしでしょうか!」
 
 背後で、忙しく科学者が動き回る中、視聴率世界一を誇るTVのアナウンサーが、高々と謳い上げた。傍目にもその興奮振りは明らかになろうというものだ。目は血走り、口角から泡すら飛ばしている彼に、最早普段の冷静沈着を売りとするクールなイメージは微塵も残っていない。 だが、彼は構わない。他の視聴者も、彼の様子や具合など、どうでも良かった。
 
 「今日こそ!そう、今こそ!世界の謎が、全て明らかになる瞬間が来たのです!」
 
 機材が巨大なため、惑星の大気圏外――いわゆる宇宙において実験は行われることになった。その様子を伝える放送が流れているのは、本当の意味で世界中。実験を行おうとしているその種族は、既にかなりの数が元々生まれた惑星を飛び出し、宇宙中に散っているのだが、世紀の実験を映す放送はその者達全てにも届いていた。彼らの技術力は、もはや時間や空間などといった障害をとうの昔に超越しており、今や宇宙のどこに居ようとも双方向で同時通信が可能な回線を通じて、宇宙創成の様子をリアルタイムで見ることが可能になっていたのだ。

 尤も、彼らの科学力をもってしても、宇宙の果てには辿り着けなかったのだが――――いや、それすらもこの実験によって、何故不可能だったかが明らかになるはずだった。
 
 「この宇宙、この世界に存在する私達の兄弟達よ!聞こえていますか、見えていますか!?私達はこれより階段を駆け上がり、神の喉元へ迫るのです!」
 
 恐ろしいまでの興奮は、或いは狂人のよう。だが、決してそのアナウンサーだけがそうなっていたのではなかった。渦中の科学者は勿論のこと、実験を今か今かと見守る者たちも、誰も彼も、異様なまでに異常な熱気に包まれていた。 皆が皆、冷静に、狂っていた。


 そしてカウントダウン。 


 「3――2――1――……!!!!!!」
 
 
 
 
 ――さて、ここで一つ釈明しておきたい。勘違いしないでもらいたいのは、彼らが決して、実験の結果をその一片たりとも理解できなかった愚か者ではないということだ。後先を考えず、実験に望んだ痴れ者ではないということだ。 彼らには、確かにあったのだ。自分達の疑問を解決するため、その代償として何もかもを払う覚悟は、全員決めていた。
 
 分かっただろうか。では、本筋に戻るとする。
 

 恙無く行われた実験だが、結果はどうなったであろうか。さりとて結果を隠すつもりなどない。結論から言って、新しい世界は確かに誕生した。彼らの計算は寸分違わず正確なものであったし、その実験の機材は想定通りの働きをしてくれたからだ。
 
 ならばその次。新しい世界が出来た後、元の世界はどうなるだろうと、少し考えてみてほしい。或いは、まるで家の増改築のように、小さめの世界を作れば、大した問題はなかったのかもしれない。
 悟ってくれだろうか。ここで問題がなかったかもしれない、といったのはつまり、問題はあったということだ。
 
 彼らは完璧を求めたのだった。それこそ間違いの無い、完全解を求めていた。本当に、心から、全ての世界の謎を明かしたかった彼らが、自分達で限界を定めた宇宙などで満足する筈がなかったのだ。
 
 やるからには本物を。本物に劣らない真の本物を。
 
 だが、同じ時間軸に、同じ次元に、同じ世界は存在し得ない。例えるなら、コンピュータ。同じフォルダに、同じ名前のファイルは存在し得ない。ここまで来れば幾ら察しが悪くても分かるだろう。ならばどうなる。元々あった世界の命運は?
 

 正解:上書きされる。

 
 「――――――――リ――――カ――――イ――――シ――――タ――――――――」
 
 
 全ての答えを求めた種族は、その言葉を最後に消え去った。誰が言ったのかは知れない。しかし、最後に真実を知った誰かがいた。ならば良いのだ。それが、彼らの計画。その種族の総員の答え。だから彼らに、悔いは残らなかった。

 彼らは然りと知っていたのだ。新しい世界を作るには、古い世界が消える必要性がある。それでも、彼らはまるで躊躇わずにそれを実行した。死ぬことにある程度の恐怖は抱いた。だがそれよりも、この世の真実を何も知らず、恥知らずにものうのうと生きていくことの方が、彼らにはよっぽど怖かった。
 
 だからこう考えたのだ。例え、我々の全てが息絶えるとも、誰かが真実に辿り着くなら問題はない、それでよかろう、と。そして彼らは、共通の思いを各々抱き、自分たちを含めた世界を代償に解を得た。中には、死後の世界とはどのようなものかと知り、狂喜した者もいたやも知れない。当然、それを知りえるものは誰も居ないのだが。
 
 
 
 ここで話は終わりだろうか。いいや、代わりに生まれたものもある。新しい、まっさらな世界が誕生したのだ。
 星が生まれた。恒星、惑星、エトセトラ。星々が集まり銀河系をなしていった。 それこそ、世界創生の手順を再び繰り返し、粛々と世界は変化を続けた。

 一つの惑星で、海の中に生物も生まれた。植物、動物。単細胞に過ぎなかったそれらは、次第に複雑な進化を遂げていくこととなった。時は経ち、海を離れるもの達も現れ、地上で新たな進化を始めた。巨大な爬虫類の天下が築かれ、やがて滅び、哺乳類の天下が始まり、
 
 そして、
 
 『なぜ』
 
 その言葉の元に、様々な自然の謎に挑戦する種族も終に誕生した。
 
 それは――――『人間』と自らを称した。
 



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