今ここに、一人の魔法少女が誕生しました。
 昨日まではただの人間。でも今日からは違います。本当に彼女は嬉しそうです。
 
 だからでしょう。彼女は真っ先に、やってはいけないことをしてしまいました。
 
 『変身を見られた』
 
 いけません。全くもって良くありません。
 彼女は考えます。でも、やることは一つです。それこそ考えるまでもありません。
 
 『魔法少女は正体を知られてはいけない』
 
 ですから彼女が考えていたのは、どうやったらその埋め合わせができるかどうかです。方法さえ思い浮かべば、後は簡単です。何しろ彼女は魔法少女。何だって魔法でできてしまうのですから。
 
 今回の対処方法も、間もなく決定しました。彼女は、過去に戻って歴史を変更することにしたのです。
 
 彼女は魔法の行使を始めました。しかし、彼女は今最も新しき魔法少女。煩雑な呪文詠唱をしたり、無駄にぶんぶん杖を振り回したりはしません。指をちょっと動かし、それで終わりです。
 
 そして、その間にやるべきことは終わりました。過去に言ってとんぼ返りしたのですから、余り変化などありません。立っていた場所から、一歩も動いたようには見えません。でも確実に歴史は変わりました。これでもう、変身シーンの目撃者はいません。
 
 「さて、どうしましょう」
 
 どうしましょう、などといいつつ、彼女の心は決まっております。古今東西、魔法少女のやることは決まってるからです。それは勿論、人助け。
 
 今度は辺りを警戒し、人がいないのを確認してから飛び立ちました。そのままくるりくるりと空中を旋回し、困っている人を探します。こうやっていれば、必ずそういう人は見つかるのです。彼女が魔法少女なので、それは絶対です。
 
 ほら、見つかりました。
 
 「助けなきゃ!」
 
 言うよりも早く、彼女は現場に直行します。何が起こっているのでしょうか。
 
 そこはただの道です。ですが、公園に面していました。そして、ボールが道に向かって飛び出してきたのです。この後の展開は、ちょっと考えれば分かります。
 
 『きっと子供が出てくるに違いない』
 
 彼女はそう考え、事故を未然に防ぐために現場に向かっているのです。考えすぎなどではありません。魔法少女がそう思ったのですから、それは本当に起こることなのです。
 
 しかし、事態は刻々と進みます。まずは車が道を疾駆して来ました。大きな車、トラックです。そして、予想通り子供も道に飛び出してきました。車に気付いている様子はありません。
 
 彼女はとても速い速度で飛んではいますが、このままだと間に合いません。もし、誰かがこの様子を傍で見ていたなら最悪の事態を予測したでしょう。
 
 ですが、何も心配することはありません。だって彼女は、ほら、『魔法少女』なのですから。
 
 「ええいっ!」
 
 彼女が杖を一振りすると、たちまちに子供に降りかかりつつあった巨大な暴力が取り除かれました。これでもう心配は要りません。
 
 公園から飛び出してきた子供、ことピンクのワンピースを着た小さな女の子は、幼くも自分が危ないところだったのが分かったのでしょう。ぺたりと地面に座ったまま、身じろぎ一つしません。ここは、アフターケアというものをした方がいいと、魔法少女は女の子の前に降り立ちました。
 
 「もう大丈夫、安心してね」
 「………………」
 
 女の子から返事はありませんでした。でも、命の危機に陥ったのですから、気が動転していて当然です。魔法少女はその反応を責めたりはしません。にっこり笑って、女の子を道から公園内に移動させました。
 
 「危なくなったら、また助けてあげるからね♪」
 
 その言葉を最後に、魔法少女は女の子の元を立ち去りました。これが、彼女の最初の善行です。
 
 それが最初ということは、当然ながらまだまだ彼女が善行を積むということです。でも、全部を説明しているととても大変です。だから、その一部だけを掻い摘んで列挙しましょう。
 
 彼女は、飢饉の村に十分な食べ物をもたらしました。
 
 彼女は、水不足で喘いでいた村に雨を降らせました。
 
 彼女は、落ちかけた飛行機を無事に着陸させました。
 
 彼女は、難破した船を丸ごと陸地に送り届けました。
 
 彼女は、脱線した列車を元に戻しました。
 
 彼女は、台風を消し去って見せました。
 
 彼女は、大規模な火災を無事に鎮火しました。
 
 彼女は、新種のウィルスによる病気を食い止めました。
 
 彼女は、
 
 彼女は、彼女は、
 
 彼女は、彼女は、彼女は、
 
 彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、
 
 彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、
 
 彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、彼女は、
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 彼女は、ありとあらゆる奇跡を起こしました。
 
 
 
 
 
 
 しかし、何と言うことでしょう。めでたしめでたし、とお話は終わりませんでした。
 
 
 
 
 
 彼女が奇跡を起こし、人を助ければ助けるほど、不思議なことに皆が元気をなくしていくのです。魔法少女は、何とかして人々に元気になってもらおうと、躍起になり魔法を使い続けました。奇跡を起こし続けました。ですが、やはり駄目です。
 
 
 どうしてなのだろう。不思議に思う彼女の元に、一つの、不吉な噂が飛び込んできました。それが全てを明らかにしたのです。
 
 『悪魔』。
 
 とんでもなく恐ろしい悪魔。それが、皆を苦しめているというのです。
 
 魔法少女は怒りました。これまで、一度も怒りを見せず、ずっとずっと人助けに奔走していた彼女が、本気で怒ったのです。
 
 彼女が、休んだり、食事をしたりという時間をなくし、不眠不休でやってきたことが不意にされていると知ったのですから当然です。魔法少女として、そんな悪い悪魔は、絶対に倒さねばならない敵です。
 
 ですが敵もさるもの。相手はなんと、魔法少女の弱点を知っていたのです。
 
 魔法少女は、以前変身を見られた歴史を変えるために、時間を遡りました。一刻も早く悪魔を倒すためにも、今度もその悪魔のいる時間に遡り、やっつけたいところです。
 
 しかし、そうもいきません。なぜならば、魔法少女は自分が魔法を使っていた時間には、二度と戻れないのです。
 
 変身の時は、それだけで魔法を使ってはいなかったので助かりました。ですが、人助けのときは違います。魔法が必要です。魔法を使わねばなりません。
 ですから、必然的に人助けをしているときには戻れないのです。悪魔が狙っているのは、正にその時。魔法少女が人助けをしている裏で、悪魔は悪事を働いていたのです。
 
 
 魔法少女は悩みました。人々は常に助けを求めています。ですが、魔法を使って人を助けても、悪魔がそれ以上に人を害すならば意味がありません。それならば彼女はどうしたらいいのでしょう。そんなのは決まっています。悪魔が出るのを待つしかありません。
 
 ですが、言葉にするのは簡単なことでも、実行するとなると大変です。嫌でも助けを求める声が聞こえるというのに、それを無視してひたすらに悪魔を待たないといけないのです。
 
 魔法少女は悩み続けました。人々を助けながらもずっと悩み続けました。でも、ついには彼女も覚悟を決めました。悪魔のせいで疲弊していく人たちの姿に耐えられなかったのです。だから、例え一時自分が鬼になろうとも悪魔を倒そう、とそう決意したのです。
 
 
 彼女が覚悟を決めたその日より、悪魔との根比べが始まりました。
 
 
 一日経ちました。悪魔は来ません。
 
 二日経ちました。まだ悪魔は来ません。
 
 三日経ちました。それでも、悪魔は来ません。
 
 四日、五日と過ぎていきますが、とうとうその間には一度も、悪魔は来ませんでした。
 
 ですが、七日目。待とうと決めた日から一週間、悪魔が現れました。
 
 
 
 始めは、奇妙な揺らぎを感じたことでした。
 
 「……――!これは…微細な時空間振動――ッ!」
 
 それは何者かが、この世界に入り込んだ証拠です。
 
 「時空間への干渉力が、わたしと違う――ッ!」
 
 それは、その何者かが、外れた力――外法を持って、この世界にやってきた証拠です。
 
 「来たのね……悪魔が!」
 
 魔法少女は、そう言い終わる前に、既にその地点に向けて飛び出していました。
 
 それはどんな風よりも速く。音よりももっともっと速く。まるで光のように、空を切り裂くほどの速さでした。そして、あっという間に異常があった地点に、魔法少女は駆けつけたのです。
 
 
 生まれて初めて見る悪魔の姿に、魔法少女はちょっとだけ驚きました。それは、悪魔が物凄く恐ろしい姿をしていたからではありません。寧ろその逆です。悪魔というよりは、ただの男達としか見えないのです。その数は、5。
 
 それでも魔法少女は気を抜きません。ただの男達なら、服を着ているだけで空に浮いていられる筈がありません。それに今も感じる悪しき力は、目の前の男達が悪魔であると、ありありと告げています。
 
 「悪しき悪魔どもよ、あなた達に容赦はしません。一撃で、倒します」
 
 魔法少女は高らかに告げました。男達はそれを聞き、一様に驚いた様子です。魔法少女が駆けつけたときにも顔色一つ変えなかった悪魔達が、一体どうして動揺したのでしょうか。
 
 「私達を…君を追ってここまで来た私達を、悪魔と呼ぶのか。それこそ君に相応しい称号だろう。違うか!?コードネーム『魔法少女』よ!」
 
 今度は魔法少女が驚く番です。何とこの悪魔達は、魔法少女達と同じ言語を喋れるようです。
 
 「悪魔に悪魔と呼ばれる筋合いはありません――覚悟しなさい」
 
 魔法少女は杖を構えました。男達も細い棒のようなものを取り出しました。
 
 杖か、と魔法少女は警戒します。ですが、男達の持っていたのは杖ではありませんでした。今の科学ではまだ作れないはずの、電子ペーパーと呼ばれるものです。細い棒から、質感を伴った薄い光の紙が吐き出されました。男達はそこに書かれている内容を読み上げ始めました。
 
 「――初めて君が時間を遡った日。『変身』を見られたとか言う理由で、時間を越えたらしいな。そしてその目撃者を、周囲二メートルの風景と共に削り飛ばしたか。……どこに飛ばしたのか、未だに私達も見つけられないよ。それとも、もう生きてはいないのかな」
 「な、何を…」
 「その日はそれだけではないな。いや、その日も、というべきか。まあいい。資料を見る限り、道に飛び出したボールを拾おうとした女の子を公園内に連れ戻したそうじゃないか。字面だけ追えば、良い事とも言えなくはないな」
 
 言えなくもないも何も、それは正に彼女が初めて行なった善行です。悪魔達は何をいい始めているのかと、魔法少女は少々混乱を始めました。
 
 「子供を助けるくらい当然でしょう。人として、見逃すわけにはいかないのだから」
 「知った口を利くなよ。その子供を轢こうとしたトラックを君はどうした。上空777メートルまで跳ね上げ、そこで粉々に粉砕したそうじゃないか。――運転手を脱出させた形跡は無し。とんだ善行だ」
 「……」
 
 悪魔達の言葉は続きます。
 
 「飢饉の村を見たとき、君はどうした」
 「食べ物を与えたわ」
 「その食べ物はどこから来た。無から生み出したわけではないだろう。食べ物があるところから、無理やりに転送したな」
 
 沈黙。
 
 「水不足の村を見たとき、君はどうした」
 「沢山の雨を降らせたわ」
 「その水はどこから来た。ダムだ。水力発電に頼っていた地域のダムの水を根こそぎ奪い、雨として降らせたな」
 
 沈黙。
 
 「落ちかけた飛行船を見たとき、沈没した船を見たとき、君はどうした――ッ!」
 「…どっちも助けたわ」
 「市街地に、人が密集しているところにそれらを転送することを、助けるというならばな。脱線した電車を元に戻したことにいたっては、車両から脱出しようとしていた人間を押しつぶすことに繋がった。それだけじゃない。電車がビルに突っ込んでいたのを、無理やりに引っこ抜いたせいで、そのビルは崩壊したんだ」
 
 魔法少女はもう我慢がなりません。それではまるで、
 
 「それではまるで、わたしが余計に人を傷つけているといっているようなもの……違うわ、わたしがやってきたのは人助けよ!」
 「ようなものもなにも、明らかにそうだ」
 
 理解ができません。魔法少女は、どうして今自分が、悪魔から弾劾を受けているのか、全くもって理解ができません。自分のしてきたことのどこが悪かったのか、全然分からないのです。
 
 「他にも、台風や地震、津波などの災害を抑えたことがあったな。……全部、元の威力の倍以上になって、他の地域に襲い掛かったよ」
 「…うるさい」
 「新種のウィルスにいたっては――――どこから来たのやら。一人の少女が立ち寄った場所が、ウィルスの発生源なのはどうしたことか」
 「うるさい、黙れ!」
 
 最後に悪魔は言いました。
 
 
 「空想実現機――所謂『もしもボックス』の改良版、『もしもステッキ』とでも呼ぼうか。君はそれを使って全てを引き起こして、さも自分が解決したように見せかけていたな。実際は解決もしてはいないが……何にしろ、全ての元凶は君。悪魔は、君だ」
 
 
 それが決定打になりました。
 
 魔法少女は全てを理解したのです。
 
 
 「君の身元も、最近になってようやく調べがついた。何分歴史は無限に長いものでね。――――22世紀、天才科学者として名を馳せたらしいな。タイム・パトロールだ。在留時代超越科学力行使、無許可の字空間干渉、及び、その他44の時空法違反の罪により、コードネーム『魔法少女』、君を逮捕する」
 
 魔法少女は応えません。男達は次第に彼女との間を詰めていきます。それでも、彼女は動きません。
 
 「…………ふ…うふ……あは…………あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
 
 男達が手に持った電子錠が、魔法少女の手に掛かろうとしたその時でした。突如、彼女が哂い出したのです。
 
 「…ふ、ふん。今更何も出来はしまい。大人しく未来で裁きを――」
 
 それが彼の最後の言葉でした。一人の男が消えました。魔法少女が軽く杖を振った途端の出来事でした。
 
 「ば、馬鹿なッ!そんなことはありえな…ッ!」
 
 また一人消えました。悪魔達は、まだ良く分からないようです。
 
 一方、もう魔法少女は理解しています。今までのが、悪魔の戯言だったと、はっきり分かっていました。だってそうです、魔法少女が悪魔に弾劾されるはずが無いのです。彼女がやることが全て正しいのですから、責めるほうがおかしいのです。彼女がやること以外は、全て、等しく、間違っているのです。
 
 だから、悪魔達は魔法少女によって倒されなければなりません。
 
 「嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だッ!23世紀の最新の装備だぞ!?22世紀のものに負ける筈が――!」
 
 また負けました。悪魔達は本当に物分りが悪いようです。魔法少女のことを調べたといいながら、まるで分かってはいません。
 
 彼女は、今最も新しい魔法少女、なのです。22世紀だろうが、23世紀だろうが、関係ありません。悪魔は彼女の前に、なすすべなく沈んでいくだけです。
 
 「お、応援を…!クソクソクソ、どうした、なぜ応答が無い!」
 
 それこそ愚問です。魔法少女が魔法を使わないようにして悪魔を待っていたのには、きちんとした理由があるのですから。男達はそれを失念しています。今、魔法少女は魔法を使いました。ですから、時空間はもう歪んでいるのです。この時間に、悪魔がこれ以上干渉することは不可能なのです。
 
 「悪しき悪魔どもよ、あなた達に容赦はしません。一撃で、倒します」
 
 魔法少女は、彼らに最初と同じ言葉をかけました。杖が一際大きく振られました。
 そして、とうとう彼女は悪魔を打ち払ったのです。
 
 
 
 さて、質問です。これで悪魔はいなくなったのでしょうか。
 
 
 
 
 いいえ。まだまだ悪魔はいました。魔法少女は、当然ですが、悪魔を倒し続けました。
 
 一年間働いて、一週間休み、そして悪魔を倒してまた人助け。
 
 ずっとずっと続きます。悪魔がいなくなるその日まで、いえ、悪魔がいなくなっても、魔法少女は人を救い続けるでしょう。
 
 だから皆恐れることはありません。悪いものは全て、彼女がやっつけてくれるのですから。
 



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