『君にしか出来ないんだ』

なんてことは、現実世界においてとても珍しいシチュエーションだと思う。大抵の場合、ある程度のふるいは掛けられたとしても、それでも誰かの代わりなどザラにいる。だから、必ずしも僕が何かを“成し遂げなくてはならない”という状況はない。垣間見えるわけがない。僕は、常日頃からそう考えている。だから、曲がり角でトーストを咥えた女子転校生と衝突するよりも確率が低そうな目にあって尚、僕の考えは全く曲がらなかった。

 「ああ……ようやく見つけました。あなたです――あなたこそ、私達が捜し求めていた人。お願いです…勇者となり、世界を救ってください」
 「嫌だ、他を当たってくれ」
 
 それは、言葉の内容から判断したわけではなかった。字面だけみれば、確かにイッちゃってる人だが、何分その発言は、人間がしたものではなく、本当のことと信じるには足りていた。発言の主の身長は、僕の額から顎まで位しかなく、やたら小さい。しかし、なまじ人(少女)の形は取っているので、精巧なフィギュアのようにも見える。背中には、トンボのものみたいに、薄い羽がついている。大して羽ばたいてはいないようだが、それでも浮けるらしい。――そろそろ分かっただろうか?僕は今、妖精(の様なもの)と話しているのだ。
 
 「…え?…は?いや、あの、聞き間違えたかな?勿論、やってくれるんでしょう?」
 「人の発言を勝手に改竄しないで貰おうか。勿論、やらないものはやらない」
 
 無論、動揺していないわけでもないが、近頃そういうものが出るという噂も聞いていたことだし、妖精の一つや二つで仰天してはいられない。それにしても、よほど僕が断ったのが意外だったのか、目の前に浮かび続ける妖精は、口をあんぐりと開け間抜け面を晒し続けた。
 
 「じゃ、話も終わったし、失礼する」
 「終わってないよー!?何で!?何で、断るって嘘吐くのかな!!??」
 
 この小さな体でよくもまあ、というくらい大きな声を上げて、妖精は僕の目前をブンブン飛び回った。羽は、どうやらまた動いてない。飾りなのかもしれない。
 
 「嘘も何も、本音だ」
 「嘘!君がやらなきゃ、世界が滅ぶんだよ!?」
 「そんな大層なことがあってたまるか。僕より適任は、必ず他にいる。見つからないなんていうのは、君の怠慢だろう。探せ」
 
 嘘吐き呼ばわりは流石にムッとしたが、言いたいことを言ってスッキリしたので、再び歩き出した。が、また前に回りこまれた。いい加減しつこいな。格闘どころか、喧嘩も碌にこなしたことがない僕なんかより、ずっとずっと強い人は、幾らでもいるだろうに。そう考えると、自然、声のトーンも下がってきた。
 
 「…まだ何か?」
 「まだも何も、君がやらなきゃいけないんだから、納得するまで帰さないよ!」
 「やってみろ」
 
 目と鼻の先にいる妖精など、お構いなしに歩いた。妖精はその進行を妨げようと、僕の額に両手をついて力むが――そもそもサイズが違う。生まれたばかりの赤ん坊より小さく、非力なくせに、僕を押し返せるはずがない。だからついには、妖精は僕の家までついて来てしまった。そして、勝手についてきた妖精は、始めと同じ言葉を繰り返す。僕はといえば、最早聞き流す以外の対応はしていない。
 
 「世界を救う勇者になれるチャンスだよ?男なら燃えるシチュじゃん!」
 「妖精がシチュなんていうな、ファンタジーならファンタジーらしくしとけ」
 「そんなことどうでも良いからー!」
 
 余りに煩いので、指先で摘んで外に放り出した。すぐに戻ってくるかもしれないが、なに、ただの根気比べだ――――
 
 
 
 ――――で、結局その根気比べは述べ三日間にわたった。とうとう三日目には、妖精の方が捨て台詞を吐いてどこぞに飛び去ったのだ。曰く、
 
 「一週間後に後悔しないでよ!」
 
 だと。何だ、切羽詰っているならさっさと見切りをつけて、別に行けばよかろうに。脳も小さいだけあって、馬鹿なのかもしれない。そんなことをちょっと考え、一日終え、学校に行って一日終え、学校に行って一日終え、学校に行って一日終え、学校に行って一日終え、学校に行って一日終え、ぶらぶらして一日終え、いつの間にやら妖精の宣言した日になっていた。
 
 当日になってようやく分かった。というよりは、分からない方がおかしいほどの異常が、正に現在進行形で地球に降りかかっていた。
 
 「ああ…こりゃ黒い」
 
 見上げた空は、見事に真っ黒。衛星からの映像でも見てみたいものだが、生憎全てあの黒いのに壊されたらしい。そしてその黒いのは、衛星だけじゃなく地球まで壊そうとしているようなのだ。するとどこからともなく、件の妖精が現れた。やや涙目だ。
 
 「ど、どう!?こ、これでやる気になったでしょう!?」
 「…いいや、全然」
 
 この期に及んでも、僕の意見は変わらない。妖精は、心底信じられないという顔だが、僕に言わせればこの一週間、お前こそ何していたんだって感じだ。ちきゅーを救うため、他の人を探してたんじゃなくて、僕を単に見張ってただけなのか。
 
 「い、今ならまだ間に合う…」
 「…僕は無理っぽいと思うけど」
 
 なにせほら、天から降り注ぐ、時期外れの恐怖の大王は、ますます地球に接近中な訳で。これから勇者になったところで、レベル一では魔王に勝てるはずもない。と語ってみた所、今度こそ本当に妖精さんは思考回路がスパークしてしまった。
 
 「わ、私がとめひゅう~~~!!」
 
 なんとも情けない雄たけびを上げながら、空の黒い奴に向かっていった。いや、止められるなら最初から君がやりゃいいんだよ。僕みたいに、臆病な弱虫になんて頼らないでさ。
 
 しかし現実は冷たい。小さな小さな、空の黒い奴からしたらゴミみたいに小さな妖精が、奇跡を起こして黒い奴を追い払うなんて、到底無理な話だった。あ、という間に、それこそ黒い奴がゴミを払うように、ぷちん、と消し去られてしまった。それで終わり。世界も終わり。一巻の終わり。
 
 …ん?じゃあ、どうして僕がこの話を話しているのかって?そりゃああれだよ、妖精が消えた後の一瞬で、走馬灯のように思い出しただけ。だから、本当に死ぬのはこれから一秒後。とりあえず誰かに伝えてみたかったんだ。じゃあ、そういうことで。さようなら。
 
 一
 
 
 
 
 。


戻る
メール

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu