わたしが思わず漏らした声を聞き拾い、ニヤリ、とそう形容するのが相応しい粗野な笑みを、青いライダースーツの男は浮かべた。


 「その通り。 ――で、それが分かるって事は、あんたはマスターの一人って事でいいな? その横のボウズがそっちのサーヴァントだろ?」


 いつの間に。なんて愚問を挟む間もなく、男の手には真紅の槍が握られた。


 槍。 ならばランサーのサーヴァントに間違いはないだろう。 頭の中にその事実が染み渡り、不要な行動を削ぎ落とすよう魔術師としての意識に切り替わる。

 もうグダグダ考えてなどいられない。 例え不安要素まみれだろうとも、生存確率が低くとも、生き残る為に思考を最高速に移行。 相手から注意を逸らさず、状況を把握し、可能事/不可能事を判別する――ッ!


 「ほう。 はっ…こりゃ面白がって声をかけたのは間違いだったみてえだな。 ガキでもマスターはマスター。 戦う腹は当然決まってるって訳か」


 クク、と笑うランサーの軽口に耳を傾けている暇はない。
 そんな事に思考回路を貸す位ならば、相手に気取られぬよう出口を確保するのが先だ。

 

 

――しかし、しかしだ。 何故この男はここまで入ってこれたのか。 無駄な思考とは知りつつ、止められない。

 家には結界があった筈だ。それには、一族の誇りが掛かってると言えなくもない。 わたし達を見下ろすあの青い槍兵は、それすらを看過する力を持っているのか?

 

 「……んあ? ああ、何で結界が破られている、って考えてるのか?」

  「チィッ」


 やはりまだ動揺が抜け切らないらしい、考えが表情に出てしまったようだ。
 尤も万全とは言いがたい状況で、サーヴァントを目の前にしているのだからこうなって当然なのかもしれない。

 それにしても意外な事に、ランサーはその訳を話そうとしているようだ。 予想外の幸運。時間稼ぎにはなるはずだ。

 

 それで何かが変わるとは到底思えないので、幸運にも数えられないかもしれない。

 

 


 「言っとくが、結界を破ったのは俺じゃねえ。 犯人はほれ、お嬢ちゃんの横にいる奴がそうじゃねえのか。 まあ、俺の勝手なよそうだがな」

 


 ――横? 横の奴って言ったの、こいつ?

 ちょっと待ってよ、今私の傍にいる奴っていったら……シンジ?

 記憶もなく、英霊としての威厳とか全く感じられないこいつ?

 

 

 

 ……あっはっはっはっはっは。

 

 

 ぷちん

 

 

 コンマ一秒もなく、怒りが再燃した。


 「――っの…バカ!! あんたの所為かっ!! 役立たずの上に邪魔するなんて、これじゃ疫病神の方が幾らかマシよっ!!」


 思わず振り返り、シンジを怒鳴りつけてしまう。


 「こらっ! 何頭抱えて蹲ってんのよ!! 聞いてるのっ!!??」


 尚も罵倒を続けようとするわたしの口。

 敵のサーヴァントから視線を外す。 それがどんなに危険な事か分かっていたはずなのに、その時のわたしからはそれがすっぽりと抜け落ちていた。

 

 そう。 その行動はランサーと相対したわたしが初めて見せた、加えてこれ以上ない程の隙。
 恐らくは、わたしの隙などあっても無くてもあの男には関係ない事だろうが、ランサーは態々律儀にもその瞬間を狙っていたようだ。

 

 「んじゃ――そろそろ締めと行こう」


 軽い掛け声。 それこそちょっと散歩でも、といっているような口調。 だが、わたしにとってそれは死刑宣告も同然だ。

 しまった、と思う暇もない。 体は後退を始めているが恐らく間に合わない。

 わたしの目に映るのは、自由落下の速度に己の脚力をプラスして青い稲妻と化した槍兵の姿。 そして、コントラストを一層際立たせ、稲妻よりも早く迫る真紅の――――

 

 

 

 

 

 

 

 ……ああ、やだな。
 聖杯戦争も始まってすらいないのに、わたしはここで終わるの?


 走馬灯は浮かばない。 代わりに高速の筈の槍の動きがやけにゆっくりに見え、その甲斐あってかシンジにもう一度目を移す事が出来た。

 

 

 

 そしてわたしは体験した。

 

シンジがわたしに向かって手を伸ばし、同時に自分の中に辛うじて残っていた魔力がごそりと『喰われ』る感触を。

 ほぼ限界まで魔力を奪われた所為で、意識を失って行く途中に、オレンジの、否、黄金色に輝く光の壁が、わたしの体を包んでいくのを。

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