深夜、午前二時。その少しだけ前。通称『丑三つ時』。

 この時間帯こそが、わたしが魔術を使うにあたって、最も波長のいい時間帯である。更に正確を期するなら、ピークを迎えるのは午前二時ジャスト。  

 わたしがこの時間に起きているには訳がある。

 もうすぐ始まるだろう聖杯戦争。それに参加するには、何よりもまずサーヴァントが不可欠なのだ。これはそのサーヴァントを引き当てる為の儀式であ る。

 残された猶予はもう幾ばくも無い。文字通りこれが最初で最後のチャンスだ。

 当然ながら、ほんの少しのミスも許されない。そして、するつもりも毛頭ない。

「ふうぅ……」

 兎にも角にも、まず息を落ちつけてみる。 そして頭の中で手順を反芻した。

 ――大丈夫だ。間違いはない。いや違うか。間違いなど起こしてはいけないのだ。

 さあ、始めよう。

「―――消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む」

 地下室の床に、素早く且つ細心の注意を払い、召喚の陣を刻み込む。

 サーヴァント召喚に必要なものは、意外に思える程に少ない。精々この召喚陣位のものだ。

 いや、本来ならば、呼び出したいサーヴァントに縁のある物を用意しておくべきでもある。わたしはそれを用意してはいない。――いや認めよう。無いものは 用意できない。

 だが、それが何だというのか。それでもわたしは勝つ。何も、触媒がないからといってスカを引くわけではない。

 寧ろ自力で最強のサーヴァントを引き当て、この戦争の結果を勝利で飾ってみせる。それがわたしらしいだろう

「素に銀と鉄。 礎に契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 触媒無しで外れを引かないために、本来なら血液で描く魔法陣を今回は溶解させた宝石を使って描いた。

 使用した宝石の量は持ちうるそれの実に半分。正に失敗など、財政/精神的に承認不可だ。

閉じよ ( みたせ ) 閉じよ ( みたせ ) 閉じよ ( みたせ ) 閉じよ ( みたせ ) 閉じよ ( みたせ ) 。 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 ―――来る。じき午前二時だ。

 遠坂家秘伝の召喚陣は描き終えた。後は、全身全霊を持って、召還という魔術と対峙するのみ。

「―――――――――― Anfang ( セット )

 自分の中にある、無形のスイッチをオン。

 途端、体の中身が無理やりに入れ替えられたような感覚に襲われる。

 神経反転/魔力回路へ切り替え。この瞬間より遠坂凛は人ではなく。唯一つの神秘を成し得る為だけのパーツとなるのだ。

 

 


 体をマナが満たすことによって生まれる痛み。更にわたしを補助しようと蠢き出す、左腕の魔術刻印が、逆にわたしの神経を侵していく。

 しかし――しかし、熱く焼けた鉛のようなマナの血液と、茨の神経の如き魔術刻印の痛みを持って我を忘れたわたしは……同時に至った。

 時刻は午前二時まで後十秒。

 全身には力が満ち足り、非の打ち所など、無い。

「――――――――――告げる」

 とうとう始まる。

 取り入れたマナを固定化に必要な魔力へと変換。

 後はただただ、この身に溜まった魔力が零になるまで、召喚陣と呼ばれるエンジンを回して回して、回し切るのみ。

「――――――告げる。 我が身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 目視出来ぬとされる、第五要素が吹き荒れる。

 それは、余りにも強すぎる閃光のようなものだ。潰されてなるものかと、視覚は自主的にその仕事を止める。

「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。 
何時三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」

 来たっ! 来た来た! 最高の手応え! ああっ、ケチの付けようの無いほどパーフェクト!

「――かんっぺき……! 間違いなく最強のカードを引き当てた……!」

 視覚が戻るのがもどかしい。

 後、数秒。 その一拍をおいて目が回復したら、目前にはわたしの召還した、最強のサーヴァントの姿が――!

 ・

 ・

 ・

 ――――あれ?

 ・ 

 ・ 

 ・

 …………いな、い?

 

 目の前には何もなく、あれだけのエーテル乱舞の末が失敗かと一瞬思いかけたところで、……認めたくないけれど、何か居間の方で爆発 音が聞こえた。

「なんでよーーーーー!!??」

 頭が空っぽのまま走る。

 走る。走る。走る。走る。

 思考能力という物をどこかに置き去りにして、兎に角居間まで走った。

「扉、壊れてる!?」

 扉が歪んで扉になっていないこと。 取っ手を回しても意味をなさない事はすぐに知れた。

 ならば取るべき行動は一つ。

「――ああもう、邪魔だこのおっ……!」

 どっかーんと、豪快に強引に蹴破った。

「…………」

で。

 居間に入った瞬間、わたしは認めたくない現実の全てを理解したのであった。

 居間はもうメチャクチャでハチャメチャが押し寄せてきていた。

 天井には大きく穴が開き、その瓦礫で部屋は埋もれていた。

 でもって、その瓦礫の中央には、なにやら悶絶している一人の少年がいたりする。

 他に可能性のある奴は見当たらないから、あいつが間違いなく下手人、だとは思うが。

 そこで、奇跡的に破壊を免れて、律儀に時を刻み続ける時計を見た。大切な事を一つ思い出した。

 ああ、そうそう……確かうちの時計ってば、今日に限って一時間早かったんだっけ。

 という事は、現在が午前一時。わたしの絶好調の時まで、後一時間という事であって。

「うあ……ちゃあ。また、やっちゃった……」

 肝心なところで必ずポカをする。そんな自分の家の遺伝的な呪いを、今日この日ほど恨んだことはない。

 何もこんな時まで大ポカをやらかさなくても/いや、こんな時だからこそなのか。

  まあやってしまったものは仕方ない。

 取り敢えずは目の前の問題事から片付けていくことに決めた。

 悶絶してた奴も、漸くまともになってきたみたいだし。

「それで。 アンタ……」

 何?とは続けられなかった。その少年がとぼけた顔で、先に言葉を掛けてきたからだ。

「あの……ここ、どこですか?」

「――わたしの家だけど」

「あっ、そ、そうなんですか……? えと、その、どうして僕はここに? さっきまで――さっき、まで? あれ……さっきまではどこに、いたん、だっけ ――?」

 頭を抱えだした少年を見て、段々と不安な気持ちが膨らんでくる。いやいやいや、何だか分からないけどこれ以上は止めてくれ。

「アンタ、名前は?」

「え? あ、ああはいっ! 名前ですね! それはえっと、僕の名ま…え……は? え? ……あれっ? あれ!?」

 駄目だ。ヤバイ。悪い予感が当たりそう。しかも最高級で最高純度の悪い現実で。

 しばらく頭を抱えてた少年は、やがて伏せ目がちに且つやや涙目でこちらの方を向いてきた。

 ……やば。 なんかいぢめて光線出してる気がする、こいつ。

「ど、どうしましょう……? ぼ、僕、あの、その、記、記憶がないみたい、なんです……けど」

「そう、みたいね」

「そ、そんな! あっさり返さないで下さいよ! 僕はどうしたらいいんですかっ!?」

「――ええい、うるさい! わたしだって考え中よ! 少し黙ってなさい!」

「ひっ! ご、ごめんなさい……」

 

 拙い拙い。本気でヤバイ。 さっきの目つきもそうだけど、どうやってもこいつ、英雄に見えない。

 何ていうか、かくかくしかじかの偉業を成し遂げたぞー、とか言う貫禄が見えない。 全く、全然、これっぽっちもだ。

 大体その格好からしてが、カッターシャツにスラックス? 余りにも最近の格好すぎる。

 近代に、こいつみたいな英雄がいたらとうの昔に知っている筈。

 そのような伝承など勿論聞き覚えがなく。ということは取りも直さず、こいつが英雄ではないって事に行き着く。

 本気で、溜め息と共に魂が抜けていきそうになった。誰か助けて。 

 

 

 ――拝啓、お父様。

 申し訳ありませんが、わたしの代でも聖杯戦争は無理っぽいです。

 親不孝ものでごめんなさい、まる


 


 

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